潮風の香りに、君を思い出せ。
何言ってるのと呆れて一瞬黙ると、とりなそうとしたのかお父さんが割り込んできた。
「おとうさん覚えてるぞ、それ。七海が急に人を覚えようと努力するようになっただろう。転校先で嫌なことがあったのかもってお母さんは言ってたけどな。そのおばあちゃんを見て、覚えないとまずいと思ったのかもな」
詳しく話していないのに、意外と鋭い。確かにあの頃から一生懸命覚えようって思い出したのはなんとなく覚えている。お姉ちゃんとクラスの集合写真に名前を貼ったりしたこともあった。
「あのまま覚えようという努力もせずに大きくなってたら後で苦労したんじゃないか。心配してたからな、お父さんもお母さんも。一回忘れられてみるっていうのもいい経験だったんじゃないか、七海には」
「そうそう、お母さんより七海はちゃんとできてるでしょう。友達もできたし、知らないところにも行けるし、転校で頑張ったおかげね」
もしかして度重なる転校で苦労させたことを謝ってくれるのかと思えば、夫婦そろって正当化された。
親って勝手だなと、こっそりため息をつく。私は結構大変だったのに、助けてもくれないで。でも私が頑張っているのを見守ってくれてはいたようだ。お姉ちゃんを横目で見ると、バカだなぁっていつもの顔。
おとうさんの説を採用すれば、子ども心には思い出したくないくらいショックだったとしても、あの出来事にも意味があったということなんだろう。
きっとその通り。私のためになったこともあったんだろうけど、きっともう必要のなくなった思い込み。もう思い出しても大丈夫な思い出。
いないほうがいいわけないって教えてくれる人達がいる。そんなの思い込みだって、もう自分でもわかる年になってる。
『忘れちゃうなら、私なんかいないほうがいい』
ほら、もう一度口の中で繰り返してみても、もう涙は出ない。きっとこんな思いも全部、あの海に流してきたんだ、私。
そうだ。思い出すと言えば、大地さんに『思い出せるよ』って言われた。
連絡先なんて聞いた覚えがないのに。大地さんがこっそりどこかのタイミングで私の携帯に登録した?そんなことできるのかな。いや、だいたいそれじゃ思い出すことにならない。でも他に思いつかない。
思い出せるって簡単そうに言われたけど、どういうことだろう。