潮風の香りに、君を思い出せ。
香水のボトルを白い箱から出して、部屋に向かってシュッと吹き付けてから、深く息を吸って気持ちを整えて、慎也くんに電話をかけた。
「もしもし? 今携帯見た。遅くなってごめんね」
『さっき変な風に終わったから気になってさ』
「ごめん。切っちゃった」
『俺別に、七海を責めたかったわけじゃなくて、悪かったなと思ってて』
慎也くんは、そこで一度言葉を切った。
「慎也くんは悪くないでしょ、私がわからなかっただけで。でもね、いつも通り声をかけてくれたら」
言いかけた言葉は慎也くんに遮られた。
『ごめん。いろいろ俺が悪かった。信じてなかった、いろいろと』
予想外で、一瞬言葉が出なかった。いつも私の言葉を信じてくれなくて、どんなに説明しても笑い飛ばしたり怒ったりしていた人だったのに。
電話の向こうで、慎也くんが反応を待っているのがわかった。
息を吸って、逃げるなと自分に言い聞かせる。
「うん、悲しかった。わかってくれないこと、信じてくれないこと」
自然に言えたと思う。責めるわけでもなく、ただ自分の気持ちとして。
『次は声かけるよ、俺からちゃんと。だから気にしないで前向いてろよ、七海は』
「私、変だった?」
『なんかおどおどしてた。俺のせいかなって思った』
「ううん、自分のせいだった。ありがとう、でももう私は大丈夫そう」
『わかった……さっき言ってた奴は、お前のそういうのわかってくれそう?』
「うん、よくわからないみたいだけど信じてくれた」
『そうか、そうだよな……じゃあ、またな』
「またね。電話、ありがとう」
今さら別れるとかって話は出なかったけど、これでお別れだってお互いにわかったと思う。短い会話だったけど、さっきよりずっとまし。
もう一度話せてよかったと今度は心から思えた。
通話を切って、深く息を吸う。部屋にまだ大地さんがいるみたいな気がする。
わかってくれそうかって聞かれた。大地さんはわかろうとしてくれる。私の言うことを信じてくれる。甘えていいよって、思い出させるよって言ってくれた。本当に現実かとちょっと不安になるくらい、どこまでも優しい。
これで、ちゃんとしたってことになるのかな。大地さんになんて連絡したらいいのかな。さっき帰ってきたのに急すぎる?
迷ってから、もう一つ思い出して考え直す。そうだ、あれはやっぱり私のものだった。
部屋のドアを開けて廊下に出て、まだ家族がくつろいでいるリビングに戻った。
「ねえお母さん、お願いがあるんだけど」
甘えてみよう、お母さんに。