潮風の香りに、君を思い出せ。
「七海ちゃんて、名前の由来は何なの?」
乗り気でない私に気づいたのか、大地さんが話題を変えてくれた。
「そのまんま、七つの海です。七つの海をわたる豪快な人になるように、かな。女子なのに」
「海のそばに住んでたわけじゃないんだ?」
「転勤が多かったし、生まれる前のことまではよく知らないんですよね。小学校の時、海の近くに住んでたことがあって……」
あれ? いつだろう。思い出したこともなかったけど。
「どうかした?」
続けられなかった私に、大地さんが首を傾げた。
「いつだったかなと思って。小学校三年生ぐらいかな。そうだ、こっちの方の海かもしれないです、場所はよく覚えてないですけど」
そう言えばそうだ。港の近くに住んでいたことがある。さっき思い出したのはその頃のことかもしれない。
「へえ。住んでたんだね」
「うーん、多分。とにかく私バカなんで覚えてられないんですよ、色々と」
「子供だったからでしょ、バカだからってことないよ。だいたい同じ大学なのに、君がバカなら俺もバカだ」
ここは笑うところだなと思って「あはは、そうですね」と笑った。
わかんないだろうな。机の上の勉強はやればできるけれど、生活においての記憶力が低い。そういうバカなの、たぶん。
そこで会話が途切れて、私は改めて自分が思い出した海について考えていた。
なんだったんだろう、あれ。昔住んでいたところだとして、今そんなの思い出してどうするんだろう。匂いの記憶は、脳と直接つながっていて鮮明だとか習った気もする。それほどおかしなことでもないのかな。
気になるけど、口にするタイミングを失った。さっき大地さんに『見えた』って言われたとき言えばよかった。信じてくれそうなのに、この人。
気づいたら、ふーっとため息をついていた。横目で確認したけれど、大地さんは気にとめていなそうでほっとした。