潮風の香りに、君を思い出せ。
「気持ちいいね」
切り替えるように、大地さんが空を見上げて言う。
「はい。天気もよくて、思ったより広くて、気持ちいいです」
「そうだよなあ。いつ見ても、思ってたよりでかいんだよなぁ」
「そうなんですか」
「うん。ちっちゃいなあ俺、と思ったときに来るんだよ」
見上げたままのんびり言っている。ただ風が吹いたから海に来たかっただけじゃなかったのだろうなと気づく。
「今日も?」
「今日も、かなあ。俺にできることってあんまりないなと思ってさ。海でも来たらちょっと違うかなって」
さっきははきはきとした営業の人らしかったけれど、仕事ってやっぱり大変なんだろう。だからって急にさぼっちゃうのはどうかと思うけど。
いつもサボっているわけではないようなので、大学生の私を見てうらやましくなっちゃったのかもしれない。
「サラリーマンも大変ですね」
「かなぁ。学生さんも大変でしょ?」
「そうですね。私もちっちゃいなって思ったりします」
むしろ自分から縮こまってるけど、最近は。
大地さんはまたシワを寄せて微笑む。いつも笑っててくれたらいいな、この人。きれいなだけの顔じゃなくなるから。
どこかのんびりした話し方が海に似合うと思う。大地より、もっと海っぽい名前でもよかったんじゃないのかな、私みたいに。拓海とか。
うーん、ちょっとカッコよすぎるかな。
やっぱり響き的にもダイチがいいか。大らかな大きな名前。大地さんはちっちゃいなぁって言ったけど。
まぁ名前だけなら、私だって相当に大きいな。
「散歩しよっか」
言うなり大地さんはもう歩き出している。階段を降りて砂浜に立つと、ためらうことなく革靴を脱いでいた。