潮風の香りに、君を思い出せ。
どこまでも同じような砂浜が長く続いている。時々貝を拾ったりして、だいぶ歩いた。

大地さんと特に何を話すわけでもなく、拾った貝を見せたり、「暑い」と言い合ったりして延々と歩いて行く。

それだけで十分に楽しいのが海だけど、でも暑いなぁ。波打ち際の砂は冷たそうだから、ちょっとあそこを裸足で歩いてみよう。



ビーチサンダルを脱いで片手に持ち、暗く濡れた砂の上を歩く。やっぱり気持ちいい。

調子に乗って、少しずつ波打ち際に行ってみる。

「冷たい!」

大声で言ったら、また大地さんが振り返った。

「まだ五月だよ、冷たいよ」

当たり前のことと教えるように言う。空気はこんなに暖かいけれど、海水温は上がってないんだろう。知識としては知ってるけれど初めて実感した。

でも、大地さんの呆れたような口調に少し悔しくなる。

「でも気持ちいいですよ」

冷たさをこらえて強がってみた。だんだん慣れてきそうだし。

「誘ってる?」

「誘ってます」

「一応スーツのズボンなのに?」

「まくっちゃえばいいんですよ。誰も見てないですから」

さっきおかしな格好だと思ったことを棚に上げて、強引に誘ってみた。

「そうか……そうだな」

大地さんはすぐに折れてくれて、膝までズボンをまくり上げる。ビーサンを脱いで白い袋にしまうと、私のも受け取ってしまってくれた。

準備ができてしまえば私みたいに躊躇せず、くるぶしまでざぶざぶ入っていく。

「つめてえ」

「気持ちいいですよね。このふにゃふにゃした砂の感じが」

「俺、冷え性なんだよね」

寒そうに波をよけてひょこひょこと砂浜に上がりながら言うけど、似合わないです、そんなの。

あったかそうな人なのに。名前だってあったかいのに。
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