潮風の香りに、君を思い出せ。
「すみません。こんなはずでは」

「どんなはずだったの」

今さら神妙に謝ってみたら笑ったままの声に聞かれて、かえって小さくなってボソボソと答える。

「楽しく海辺をお散歩して、お昼ご飯でも食べて帰ろうかなと」

「まぁまだそのプランは有効だけどね。服も濡れた? シャワーとか浴びたい?」

「できれば。でも大丈夫です」

答えてから、え、まさかこれってそういう誘いじゃないよね?と思う。この人そんな風に見えないし。

考えすぎだ失礼だと思いつつ、でも海の家とかやっている時期じゃないし、シャワー浴びたいならそういうところしかないかなぁと困ってみる。



「俺の実家、この近くだからさ、まだちょっと歩ければ寄ってく?妹の服もたぶんあるよ」

私のためらいに気づかずに大地さんは軽く言うと、返事も聞かずに砂を服で払った手で電話をかけ始めた。

確かに、私はともかく大地さんには着替えが必要なんだけど。でも実家が歩いて行けるほど近いの? 自分が小さく思えた時に来るんじゃなかったの?



突然の展開に私はついていけてない。でも大地さんはそれも気づいた様子もなく、海を見ながら携帯で話し出した。

「大地だけど。今帰ってきててさ、話せば長くなるんだけど、後輩の女の子と海にいてびしょ濡れなんだよ。着替え取りに行こうかと思うんだけど」

お母さんにかけているのだろう。簡潔な説明で要件を告げている。

「ああ、そっか。俺今日カギ持ってなくて……悪い、もしそうできたら助かる。わかった、じゃあその位に行くよ、ありがと」


通話を切ってこちらに振り返ったところで、私から声を掛ける。

「大丈夫ですか?」

「うん、母親がバイト先から帰ってくるっていうからさ、ここから20分ぐらいかなぁ、歩ける?」

「大丈夫です。でも大地さんのほうがたぶんすごい格好ですけど、ご近所歩いて平気ですか?」

ダメだ、言いながらもう笑いが堪えきれない。先輩にたいして失礼すぎると思って必死で我慢する。

でももう一度見て、またふきだした。

中途半端に腕まくりされたびしょ濡れのワイシャツ。まくりあげた上に砂まみれのスラックスにビーサン。安物のビニール袋を斜めがけして、よれよれの財布を片手に持っている。

なんだこのサラリーマン。



肩を震わせて笑い転げていたら、「そんなに笑うところか」と寂しそうな声が聞こえてまた笑えた。

イケメンなのかなぁ、ほんとに。かっこいいってみんなが言ってたけど、そんな気がしないんだけど。
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