潮風の香りに、君を思い出せ。



梨香ちゃんの服は、名前の通り甘いディテールのものが多くて、正直私は買わない感じ。

うーん、ちょっと悩んで、無難そうなデニムのショートパンツと白のかわいめのコットンシャツを借りることにする。

中に着るタンクトップはピンクがあった。あのピンクのビーチサンダルに似合いそう。



シャワーを浴びて、ゴワゴワになった髪も洗ってさっぱりする。梨香ちゃんの服はサイズはピッタリだけど、やっぱりちょっとかわいい感じで落ち着かない。

いつまでも待たせていても申し訳ないので、髪は軽くドライヤーで乾かしただけで戻った。



ダイニングキッチンへのドアを開けると、台所で作業中の香世子さんに向かって立ち話をしていた大地さんが振り向き、少し驚いた風に目を開く。


「ぴったりねぇ。梨香より似合うみたい、ね、大地」

「え、ああ、うん、似合うね」

香世子さんは明るいけど、大地さんは適当に相槌を打って目を逸らした。

思ってなさそう、そんなこと。いいですけど、別に。




私がシャワーを借りている間に、大地さんは今日の成り行きを話していたらしい。

「それで、結局その潮風っていうのはなんだったの?」

台所で手を動かしつつ、香世子さんが大地さんに聞いている。そうだ、色々あって忘れてたけど、そもそも風が吹いて何か思い出した気がしたんだった。

「なんだろうなぁ。サーファーとかいて風向きもあってたまたまかなと思ってる、その後なんもないし」

「匂いで思い出すってあれでしょ、ドップラー効果っていうんでしょう。読んだことあるから、私」

惜しいです、香世子さん。でも言ったら失礼かなと踏みとどまったら、大地さんが突っ込んだ。

「なにで読んだんだよ、プルースト効果だよ」

「あれ、よく知ってますね、大地さん」

思わず偉そうに言ったけど、確かに意外だった。これって心理学用語のはず。

「七海ちゃんもわかる? お菓子を紅茶に浸した匂いで思い出したっていうやつね。俺は友達の受け売りだけど」

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