潮風の香りに、君を思い出せ。
「大地さんは浜を思い出したって言ってましたよね。私も実はちょっと思い出していて。船がたくさんある港だったんですけど」
思い切って言ってみた。信じてもらえないかと思ったけど、大地さんも香世子さんもこういうことに抵抗がなさそうだから。大地さんは意外そうに眉をあげて私をじっと見た。
「え、なになに面白いなぁ、どこの海だかわかる?」
香世子さんがさっきの間違いにめげず聞いてくれる。完全に手を止めてこちらに向き直った。
「どこかはちょっと。船があって、コンクリートの岸があって。子供が走っててカモメの声もして、風が強くて夏みたいでした」
大地さんにはなんで黙ってたのって思われてそうだから、香世子さんを見ながら言う。
「へえ、ずいぶん具体的なのね。旅行先?」
「たぶん家の近くだと思うんですけど」
「七海ちゃん、小学生の時この辺に住んでたらしいよ」
大地さんが補足してくれる。でもこのあたりはずっと砂浜だから違いそう。
「ならこの辺りのマリーナなんじゃないの?見に行ってみたら?」
「いくつもあるからなぁ」
二人の口ぶりでは港もある地域のようだけど、マリーナってなんだったかな。
「住所は? 覚えてない?」
香世子さんは私のほうを向いて話をぐいぐい進めてくる。行動的な親子だ。うちでこんな話したら、どこだろうね、七海はどうせ覚えてないでしょと言われて終わりそう。
「それが全然。住んでたなぁって思い出したのもさっきで。転校多かったので曖昧なんです、その頃のことって」
「転校かぁ、大変よねぇ子供にとっては。うちは良くも悪くもずっとここだから、大地は地元しか知らなくてね、それで会社の寮に入るなんて言って。通えないことないのにねぇ」
「俺の話はいいから」
大地さんが不満そうに香世子さんをさえぎった。