潮風の香りに、君を思い出せ。
「ああ、そうだっけ。七海ちゃん、お母さんに聞いてみたら? 覚えてらっしゃるでしょ、大体の住所とか」
なるほど、家族に聞くという手があったか。確かに、私よりもきっと覚えているはずだ。時間を確認すると12時半。これならちょうど出てくれそうと思って携帯に電話する。
「もしもし? 七海。今大丈夫? あのね、小学校の時に海のそばにちょっと住んでたことあったでしょ、住所とか覚えてる? うん、先輩の実家の近くみたいなの。小湊? そこって港があった?」
大地さんを見ると、わかったようでうなずいた。
「あ、それでわかったみたい。え? サークルの先輩だよ。行ってなくても先輩ぐらいいるの。ついてってない、平気、本当に知ってる人。
うん、それで色々あって海の方まで一緒に来てて。大丈夫、一人にならないように気をつける、うん、わかった、じゃあね」
電話を切ると、香世子さんが感心したように言う。
「お嬢さんなのねぇ、七海ちゃん。おかしな大人について行っちゃってお母さん心配されてた?」
「ちょっと過保護で」
そんなんじゃないけど、そういうことにする。それに電話相手はお母さんじゃなくてお姉ちゃんだ。
「さっきの大地の格好見たらねえ、私だって娘だったら心配」
香世子さんがいかにもがっかりしたように言う。ダメだ、思い出してまた笑ってしまう。
「母さん、いいかげんにしてよ。俺の株下がりっぱなしなんだよ、今日」
大地さんが冷蔵庫に寄りかかってぼやく。
「そんなことないです。転ぶのも助けてくれたし、トンビからも守ってくれたし、かっこよかったんですよ」
本人に言うのはちょっと恥ずかしいから、香世子さんに向かって言った。
「あらそうなの。バカ息子にかっこいいとこがあったなんてねぇ。なに嬉しそうににやけてんの大地は」
「にやけてねえよ。それより小湊って結構近くだよ」
「マリーナあるしね、ぴったりね」
この家から近くに住んでいたのか、私。偶然の一致に驚く。
そうだ、確か海のそばに住んでいたのは半年もないとても短い間だった。お父さんの仕事の都合ですぐに転勤になったんだ。
私が三年生ぐらいの時だから、近くにいたと言っても大地さんはもう中学生だったのか。そう考えると、ずいぶん年上なんだと改めて感じた。