潮風の香りに、君を思い出せ。
また少し下った後に上りが来て、大地さんが自転車を押していく。ちょっと代わりますかって言ったら、ものすごい心外そうにきっぱり断られた。そう?白くて細いかもしれないけど、そこそこ力あるけど。
「坂が多い街ですね」
「そうだね、こっちのほう来ると海の後ろがすぐ山だからなあ」
「大地さんがこういうところで育ったって、しっくり来ます」
「どういう意味?」
「うーん。海と山が混ざったような感じってことです」
「田舎者って言ってる?」
あれ、気にしているのかなそういうこと。確かに都会の人というよりは素朴な感じがする人ではある。
「言ってませんよ。大きくてしっかりしてそうなのに、無頓着でいろいろ海に流されてしまいそうなかんじ、というか」
「結局流されちゃうのか、まあ当たってそうだよ」
大地さんはため息をつく。あれ、調子に乗って言いすぎた? また毒舌だった? なんだか怒られないから、楽しくなっちゃって素が出ちゃう。
「七海ちゃんは、すましてるのを引きずり出して海に放り込んでやりたい感じだよ」
苦笑いしながら反撃される。
「さっき放り込まれたので十分です」
「いや、もっと名前の通りにいろんな海にね」
にやりと笑う。七つの海か。港で海に落としてやるとかそういう話で言ってるようだ。
「大地さん、怖いですよ」
嘘だけど。そんな人じゃないってもうわかってる。
登りきると、坂の下に広がる海が見えた。
「きれい!」
住宅街の中に突然出てきた景色に、それしか言葉が出ない。切り取られた視界の左右いっぱいに緩くカーブした砂浜がつながってる。奥に見える外海までずっと深い青の上で光が反射してキラキラしてる。
浜から見た海みたいな大きさはない。でも視界に入った世界がきれいにまとまりすぎて、水平線の向こうにまったく別の世界がありそうな感じ。
すごい!
思わず黙って見惚れた。
「そういう顔させたくなるってことだよ」
大地さんは私の頭をくしゃっと撫でると、自転車にまたがった。
私も慌てて後ろに回りながら、今の言葉を頭の中で反復する。
さっきの海に放り込みたい話の続きなの?
なにそのかっこいい発言。勘違いしちゃうでしょ、そういうこと言われたら。