潮風の香りに、君を思い出せ。
「七海ちゃん、想像通り。ちっちゃくてかわいいね」
そんな私を見て、あかりさんがにこにこと言った。
なんでだろう。大地さんが小さいって言ったのかもしれないが、そこまで言われるほど小さくない。この人たちの標準が大きいんだろう。
「雑貨屋さんかと思ったんですけど、アロマショップなんですか?」
あかりさんはフレンドリーな人のようだし、せっかくの機会なので聞いてみる。
「アロマメインだけどいろいろ置いてるの。私はセラピストもやってて、隣で施術したりもしてるんだ。七海ちゃんもよかったら後で試してみて」
「ありがとうございます。ちょっと見ててもいいですか」
「いいよ、店長さん来るまで待ってよう」
あかりさんに聞いたつもりだけど大地さんが答えてくれた。
「あかり、椅子ない? あと冷たいもの飲ませて」
「軟弱だねぇ、サラリーマン」
「今日結構歩いてるんだよ、いろいろと」
そうだった。歩き回った挙句、二人乗りまでさせられてかわいそうな大地さん。よく付き合ってくれてるよね。
呆れた様子で答えていたあかりさんは、そうは言ってもすぐに椅子を出してきている。大地さんはお茶も入れてもらって飲んで一息ついたようだ。私も椅子を勧められたけど、やっぱりお店の中を見ていることにした。
棚にはアロマオイルがきれいに並べられていて、名前だけでなく効能もわかるようになっていた。
「プルースト効果のこと教えてくれたのって、あかりさんですか」
思い出して、レジカウンターの横に座っている大地さんに聞いてみた。アロマセラピストさんならきっと詳しいはずだ。
「そう。七海ちゃんはなんで知ってたの」
「心理学の授業で。紅茶に浸したマドレーヌの香りをきっかけに、子どもの頃のことを思い出すんですよね。匂いの記憶って一番強いって」
元ネタは小説のようだけれど、実際にもあることだと言う。
「なになに? 匂いで何か思い出したの? 長くなる話の一環?」
あかりさんが嬉しそうに興味を示した。大地さんが座ったまま今日のいきさつを話し始める。
「電車のドアが開いたら海風が吹いてさぁ」と言ってるところに聞き耳をたてる。「へえ、珍しいね、匂いまでわかるほどはっきりなんてね」とあかりさんも軽く受け入れている。
そうなのか。そんなに大したことではないのかな。私があんな風景を思い出したことなんて、信じてもらえないかと思って最初は言えなかったのに、香世子さんもあかりさんも普通に受け入れている。それとも大地さんが言うから信じられるのだろうか。