潮風の香りに、君を思い出せ。
だんだんイライラして来た。
イケメンで人気者で結婚も決まってるような人に、なんにも言われたくない。
ふっと息を吐いて、前に乗り出してる大地さんに一瞬目をやる。
「じゃあ、バカじゃなかったらなんなんですか」
かわいげのかけらもない低い声が出る。もうどうでもいい。
「単に周りが思ってるより苦手ってことだろ」
「それがバカだってことなんです。信じられないくらいできないのはバカだからでしょ」
「自分のことバカって言うのやめろって」
「まだ間違えるとかありえないとか、大地さん相手だからわざとやってるとか、全部フリでしょとか言われるより、ほんとにバカのほうがいいし」
あんな風にきつく攻撃されるより、バカだと笑われる方がずっといい。笑ってくれている間は大丈夫なんだから。
「それって誰が言ったの、アサミ? 俺が久しぶりに行った時?」
「誰でもいいです。大地さんみたいな人にわかるわけない」
「俺みたいって、なに?」
大地さんの声が尖るけど、私は勢いで言い切った。
「かっこよくて人気者で、こんな思いしたことないってことです」
大地さんは、怒ったのか呆れたのか、そこから何も言わなかった。
沈黙が痛いくらいに感じる。最後に言った自分の低い声が頭の中に響き続ける。
かっこよくて、人気者で、こんな思いしたことない。
だからなんだって言うの。そんなの生まれつきで、大地さんのせいじゃない。だからわかりっこないって、いじけて、八つ当たりして、駄々をこねた。
でも私のバカさだって生まれつきで、みんなに知ってもらったって治るわけじゃない。これ以上誰かに言いふらしたくなんかない。
くだらないことを言いすぎてるってわかってるけど、謝る気になれなくて窓の外を見る。相変わらずの楽し気な初夏の風景なのに。
楽しかったはずのドライブが、もうめちゃくちゃだった。
しばらくして、あかりさんが優しく言った。
「七海ちゃん、大地も見た目と中身のギャップで結構苦労してるんだよね。だからさ、七海ちゃんのことほっとけないだけなの。おせっかいだけどね、悪気ないからね」
「大地も、なんとかしたいのもわかるけど、七海ちゃんはもうずっとこうやって頑張ってきたんだろうからね、これ以上どうにかしたほうがいいとか、それはきついよ」
今、言い過ぎましたって、ごめんなさいって言えばいいのわかるけど、泣きそうで無理。
あかりさんが優しすぎて、ほんと無理。