潮風の香りに、君を思い出せ。
「私ちょっと配達あるから行くけど、大丈夫? 帰り連絡ちょうだい、迎えに来れるよ」

「まぁバスもあるし大丈夫だけど、電話するよ。さんきゅ」

さっぱりと別れを告げて、あかりさんが行ってしまう。お礼を言いそびれたから、お迎えに来てくれた時に必ず言おうと決める。



あかりさんの車を見送ると、大地さんが隣で気軽な感じに言った。

「ちょっと歩いてみようか」

「すみません」

今さらだけど思い切ってさっきのことを謝ろうと思った。

「何が?」

優しい声。なんで怒ってないの、散々迷惑かけて、イライラして八つ当たりしてるのに。

「さっき、八つ当たりして。こんなにいろいろ付き合ってもらってるのに」

やっと意地を張らず言えた。大地さんが優しいからって散々甘えといて、気に入らないことを言われたらキレて。まるで子どもだった。

四つも年上の人たちから見たら、私なんてほんとに子どもなのかもしれないけど。

結婚を考えてる人から見たら、親元にいる大学生なんて皆子どもかもしれないけど。



「俺が付き合いたいだけだから、気にしなくていいよ。それに、七海ちゃんは少し怒っていいんじゃないの。ため込んでる感じしたよ」

「大地さんは、怒ったりしないんですか?」

「俺? 俺はそうだなぁ、あんまり怒ったりするキャラじゃないんだよね。我慢してるんじゃなくてさ、違う形でダメージが来る」

そうなんだ。違う形ってなんなんだろう。


大地さんはもう気に留めてもいないように、手で日差しを遮りながら港の奥を見ている。

「あっちのほうに林があるけど。ほら、どう?」

「えーと、わかんないですけど」

「七海ちゃん、目が泳いでるよ。行ってみようよ」

「行きたくないです」

何も考えないで即答した。行きたくない。

「そうか。じゃあ無理することないか」

意外にも大地さんはすぐに引いた。さっきの勢いだと、絶対に見に行かなくちゃって言われるかと思ったのに、そんなことはなかった。
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