潮風の香りに、君を思い出せ。
「思い出してもらえたところで、乗り過ごした勢いで本当にこのまま一緒に行かない? 終点の駅から、結構すぐ海だよ」
「行ったことあるんですか」
「休みの日にね」
そうですよね。乗り過ごす度に海に行っちゃう会社員とかまずいですよね。でも今日はどうやら本気らしい。確かに気持ちの良い五月の陽気だ。
海かぁ。行ってみたい気もするし、考えたことはある。
でも、大地さんだとわかったのはいいけど、やっぱりサラリーマンだよね? 今日はどういうつもりなのかは、やっぱりわからない。
「でも今日は、お仕事ですよね」
「そうなんだよなぁ。じゃあちょっと都合つけるね」
そういうと大地さんは、テキパキと電話をし始めた。
電車内だよ、まずいんじゃないのと思う。でも口元を隠して声が漏れにくいようにしつつハキハキ話すという変な技を身につけていて、目立たず会話している。
「篠原です。おはようございます。朝からすみません。本日お約束を頂いている件なんですが、急用が入ってしまいまして、大変申し訳ないんですが来週に改めて伺わせて頂けないかと」
小声で日時を打ち合わせて、爽やかに切った。
カバンから取り出した手帳に何か書きつけると、そのままさらに電話をして、会社への休暇取得、打合せの欠席なども取り付けたようだった。
素早い。さっきまでののんびりした人とはなんだか別人だ。隣で黙って会話を聞きながら、社会人てすごいなと驚く。
いや、話の内容的にここは感心するところじゃないだろうと、心の中で自分に突っ込んだ。