潮風の香りに、君を思い出せ。
「俺ね、今日すごい意外だったんだよ。俺って相当印象薄いんだろうなと思ってたのに、いろいろ覚えててくれたしさ。初めて会った時のこととか、サーブが下手なこととか。
今日の会話とかもよく覚えてるよな、俺がパートじゃなくてバイトって言ったとか、そういうの」
「覚えてますよ、そのくらいは」
「いや、覚えてないやつもいるよ。それにやっぱり嬉しかったんだよ、俺は。
ほんと興味ねえんだなと思ってたけど、顔がわかんないってだけで、俺のことは知ってるんだなって」
「はい」
大地さんが語り始めたのに答えながら、なんの話なんだっけ、これ、とわからなくなってくる。
「だから、俺のこと覚えてないとか言わないで欲しい」
「え?」
大地さんの顔は、西日で陰になってよく見えない。でもまじめに言っている。怒っているわけではない、と思う。
「へこむしダメージでかい、七海ちゃんにそう言われると」
ほんと、この人、女心がわかってなさすぎる。そういうこと簡単に言わないでよ。今傷ついてへこんでるのはこっちなのにそんなことは言えないし、ずるいと思う。
「顔はわかんないけど覚えてるって言って。次に会ったときは」
「はい」
ほんとにへこんだような声音で言われたら、はいって言うしかない。
次に会う時っていつだろう。サークルに復帰してみたらたまには会えるかな。
すぐわかるかな、その時は。
わかったってせつないだけかな。