潮風の香りに、君を思い出せ。
第三章

バスに揺られて

漁港からバス停までは、思ったほどは遠くはなかった。大通りの信号を渡る前に、通りの向こう側でバスがちょうど出発するのが見えた。バス停まで行ってみると、次のバスは20分後。

「どこかに入ってる時間は微妙にないし、暑いけどここで待つか」

そう言われて大地さんとバス停の屋根の下に入った。日差しが防げて思った以上に楽になる。朝買ってすっかり緩くなったペットボトルのお茶を二人とも出して飲んだ。暑いし、喉が乾いていた。

今日こんなに午後遅くまで海辺をウロウロしてるなんて、思ってもみなかった。家に帰るの遅くなっちゃうな、一度連絡入れないと、と思いつつ後回しにする。



「どうだった?思い出した海に行ってみて」

アルミ製のバーに腰掛けた大地さんに聞かれて、改めて考えてみる。

「意外とよく覚えてました。意外と私、バカでもないかなって」

さっきあれだけバカだと連呼しといて調子いいけど、大地さんにはちゃんと言おう。

大地さんは「ふーん」と言っただけだったけど、目尻にちょっとシワができた。

私もバーに寄りかかって、詳しく話してみる。

「おばあちゃんは公園に犬を連れてくる人で、私は何度も会ってたんです。転校してきてそんなに仲良い友達もいなくて私はおばあちゃんが好きで。あの日は一緒に子ども探してあげるってここまでついてきたんです。ほんとは大通りを越えちゃいけないんだけど、でも大人と一緒だからいいかってことにして。
でも台風が来るからってお姉ちゃんが私を探しに来て、確か。おばあちゃんは一人で林の方に行っちゃったから教えてあげなくちゃって言ったのに、ダメって言われて家に帰って。
母に話したんだと思うんですよね、そのこと。でも姉はそんな人いなかったって言い出して、私の言うことは信じてもらえなかった」

自分でも驚くぐらい、細かく思い出していた。


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