潮風の香りに、君を思い出せ。
そうだ、おばあちゃんのこととは別に、もう一つ思ったことがあった。
「記憶力悪いしとかバカだから覚えなくちゃとか、あの頃から思い始めたのかも」
「でも、バカじゃなかった?」
「うーん。そんな気もするし、でもやっぱりバカなんだって気持ちもあるし」
はっきりはさすがに言えないのでお茶を濁した答え方になる。何か失敗するたび、バカだから覚えなくちゃ、ちゃんとしなくちゃとは思う。みんなそうじゃないのかなぁ。
「頑固だなぁ」
大地さんは隣でおかしそうに笑う。
「笑うところじゃないでしょう」
ムッとして言い返しても、笑い声のまま続ける。
「笑うところだろ。バカなんかじゃないって、絶対。俺が保証するよ」
「その保証に信用力があるんですか」
「どうかなぁ、俺もバカだバカだって言われてるしなぁ」
「じゃあ二人ともバカなんじゃないですか!」
「だったら同じだからいいじゃん、別に」
「君がバカなら俺もバカ、ですか」
「そうそう、それ言ったな。ほら、よく覚えてるだろ」
ぽんぽんと軽く頭を叩かれた。そう言うの、バカにしてるって言うんですよ。
バカって言い合いすぎて、もうなんだかよくわからなくなってきていた。とにかく、自分も同じだよって言ってくれてるんだ。大地さんだって頑固だよ。
「無理に行かなくてもいいのかなとは思ったけどさ」
大地さんがまた真面目な顔になって言う。
「行きたくないのはどうして? 林の向こう」
「……わからないんですけど本当に。なんでだろう。行ったことがないから嫌なのかな」
もっと薄暗い感じの道だと思っていた。子どもだったから怖かったのかもしれない。
「でもなんとなく嫌だな、好きじゃないなっていうぐらいですよ?」
もしかして心配されているかと思って明るく言う。
「私、もしかしてトラウマ的な事件でもあったのかって思ってたんですよね、さっきまで。思い出したくないような。でも多分おばあちゃんを心配しててすっきりしなかっただけだったんだって、安心しました」
安心というよりは拍子抜けかな。なんでもなくってよかった、そんな感じ。林の向こうに行きたくない気持ちはちょっと気にはなったけど、それはあんまり考えたくないし。
「そうだね」
大地さんは遠くを見ながら、それ以上聞いては来なかった。
嬉しそうな顔はしてくれなくて、私のおばあちゃんへの偽善的な気持ちがばれているのかなとちょっと心が重くなった。