潮風の香りに、君を思い出せ。
停留所に着いたところで席を立ち、大地さんに続いてバスを降りる。よかった、間に合って。
もう日が暮れかけてきて、街灯がつき始めている。
「降りるところ言っといたんだっけ?」
歩き出しながら、大地さんもホッとしたみたいに言った。
「大地さんの家、出かける前に地図に登録しておいたんです。はぐれても戻れるようにって」
「一人で戻れるようにって?」
足を止めて怪訝そうに聞かれた。そう。だってもしも見失ったら、知らない街だしちょっと不安になる。
「俺に連絡つけた方が早くない?」
呆れたような態度で重ねて言われる。携帯忘れた人にそんなこと言われるなんてと言い返す。
「忘れてるじゃないですか、携帯」
「まあそうだけどさ。連絡先交換とかしてたら忘れず持ってたよ。ああ、俺気が利かなくてごめん。こっちから言うべきだったよな。戻ったら教えてよ」
「そうですね」
微笑んで答えながら、さっき聞かずに帰ろうと決めたのに決心が揺らぐなと思う。むしろ催促したような流れにしてしまった。
でも大丈夫。聞かないで帰れる。
「七海ちゃんは、一度はぐれたら俺のこと見つけられないと思ってるってことだよね」
立ち止まったままで、大地さんが心配そうに確認する。偶然会ったらわからないってお店で言ったからだろう。念のためだということを説明しておかなくてはと焦る。
「ちょっと自信がないだけで。ちゃんと服装も覚えて行ったので大丈夫だと思います。念のためってだけです」
「俺が見つけるよ、絶対。七海ちゃんは心配しなくていいよ」
珍しく怒ったように言うなり、右手を取られた。
「とりあえずは、こうしとけばはぐれないし」
大地さんは私の顔も見ないで、手を引いて歩き始めた。小さい子の手を引くように握られて、完全に迷子になりそうな子ども扱いだ。
もうやだ、この人。無自覚にもほどがあるんじゃないの。
まさかわざとからかってるのか、私が動揺するのを。