潮風の香りに、君を思い出せ。
「七海ちゃんの服乾いた?」

それ以上相手にしないで大地さんが聞く。冷蔵庫を開けて麦茶を出し、私の分も注いでくれた。

「すぐ乾いちゃった、今日暑かったから。七海ちゃんもご飯食べてくでしょ、もうすぐできるからね」

香世子さんが気軽に誘ってくれる。大地さんはお茶を一気に飲み干し、今度は牛乳を取りながら振り返る。

「そしたら送ってくし、俺もそのまま帰るから」

「え? 週末なんだし、泊まって行きなさいよ大地は。お父さん明日の朝帰って来るし。送って戻って来ればいいでしょう」

「七海ちゃんち、俺の寮のほうだから遠いんだよなぁ」

「あの、大丈夫です、駅まで送ってもらえたら一人で帰れます」

二人はどんどん軽快に話を進めて行くので、慌てて口をはさむ。ご飯だっていつの間にかごちそうになることになってるけど、お昼だってお邪魔してたのにそんなにお世話になり続けていいのかと戸惑う。

電車で一本だし本当に大丈夫だと言う私を、そんなわけにはいかないと親子であっさり却下する。

連れて行かれそうになった話をしたから、大地さんはきっと私を知らない街で一人にできないと思っているのだろう。別に電車くらい乗れるのに。さすがにもう中学生じゃないのに。

「じゃあ七海ちゃんも泊まって行ったら?梨香の服もあるし。明日も晴れるみたいだから、日の出見せてあげたらいいじゃない、大地」

「いえ、でも、そこまでお世話になっては」

「平気平気。うん、それがいい。おうちに電話してみて? なんだったら私からもお願いするから」

香世子さんはもう決まったかのように言う。大地さんも当たり前のように軽く同意した。

「七海ちゃん、明日送ってくから大丈夫だったらそうしなよ」

「あの、じゃあ、ちょっと聞いてみます」

口ごもりながらも、ついそう言ってしまった。本当は断るべきだとわかっている。急にやってきて泊まるなんておかしな話だし、確かに二時間以上かかるけれど帰れない時間でもない。

でも、甘えたくなった。この時間がもう少しだけ続けられるなら。今日だけだから。
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