潮風の香りに、君を思い出せ。
お昼と同じように電話をかけるけれど、コール音が長く続く。まだ仕事中かとあきらめかけたときに『もしもし?』とお姉ちゃんが出た。
「何度もごめん、仕事終わった?あのね、さっきの先輩のところにまだいるんだけど、ご飯をごちそうしてくれるってことになってね。遠いから泊まっていけばってお母さんが言ってくれてるんだけど、いいかな」
『何言ってるの急に。サークルの先輩って人?どういう人なの大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ、よく知ってる人。あのね、今日小湊の漁港にも行ってきてね、お姉ちゃんがいないって言ってたおばあちゃんのこと思い出したの」
『何言ってんのかわかんないけど?』
お姉ちゃんは、少しもピンときていないようだ。私だってさっき思い出しただけだけど、説明してみる。
「台風が来そうでね、犬を連れたおばあちゃんがいたのにいなかったってお姉ちゃんが言って、それでお母さんが信じてくれなかったことがあったでしょ」
『ごめん、なんのことか覚えてない。海のとこなんて長く住んでもなかったし。それと泊まるのとなんの関係があるわけ』
「関係ないけど、でもいたの。渡辺のおばあちゃんっていう子どもを探してる人」
どうでもよさそうにいわれて、悔しくなって言い募った。
『え、それって子泣きババア?』
急に声を大きくして、お姉ちゃんが妙な名前を口にする。
「子泣きババア?なにそれ」
『ああ、あれね、七海がついて行っちゃいそうだった時か。言ったかもね、そんな人いなかったとか。七海はバカだからすぐ人についていっちゃってたし、子泣きババアって子ども連れていこうとするって有名だったんだよ』
「でも、なんでいないとか言うの」
『お母さんが心配するからでしょ。とにかく、泊まるのはいいけど、誰にもついていかないこと。私もこれから人に会うから、もう切るよ』
「はーい、わかりました。でもお母さんに言っといてね?」
『OK。先輩のおうちの方によろしくね』
電話を切って、泊まって大丈夫だと二人に報告する。
「突然でいろいろすみません。あの、何か手伝います」
「いいからいいから。お客さんなんだから、そっちで待ってて」
手伝いは断られて、大地さんと一緒にリビングに追いやられる。