潮風の香りに、君を思い出せ。
移動しながら大地さんがあかりさんに電話をかけていた。謝りもせず普通に話している。
「そう、携帯玄関に置いてった。ああ、自転車は必要、明日朝、日の出見にいこうと思って。七海ちゃん泊まるんだよ、お前も今から来る? ああそっか、金曜だもんな忙しいよなぁ。車に乗せてきてよ、チャリ。は? 汚れねえだろ、ケチだな。わかったよ、じゃあとで」
電話を切ると、大地さんは三人掛けの大きなソファで隣りに座った。
「取りに来いってさ、チャリ」
伸びをしながらため息まじりで言う。疲れてるのにね。
「あかりさんて車大事にしてそうですもんね、乗せたくないんですね」
「半分は嫌がらせだよ。あいつは俺をおちょくって遊んでるんだよ」
「そんな感じします。うらやましいです」
おっと、余計な本音が漏れた。
「連れて帰る? マッサージとかうまいよ」
勘違いした大地さんが明るく冗談を言う。マッサージってアロマの? あかりさんにやってもらったりもするんだって想像してちょっとうろたえる。スキンシップ的なことに大地さんが無頓着なのは、そういう関係性のせいなのかもしれない。
「またお姉ちゃんにかけてたね」
改めて聞かれる。そうだけど、普通は親にかけるのかな、おかしいと思われてる?
「お母さんとは仲良くないの?」
「そうでもないですけど。なんとなく何事もお姉ちゃん経由で、お互いに。お姉ちゃんのほうが信用されてるし」
「七海ちゃんはバカだから?」
聞かれて、一瞬返事ができなかった。自分で言ってることなのに、真顔で人に言われるとびっくりする。嫌味でもからかうでもなく、普通に聞かれてる。
「最近親にはそう言われてもないんですけど」
慌ててつい言い訳した。自分でバカだって言ってるのに、大地さんが口にすると軽く傷つくのがさらにバカ。
「お姉ちゃんはバカとは言うけどなんでも聞いてくれるし、仲がいいんです」
小さい頃から転校が多くて長続きした友達が少ない私は、基本的にお姉ちゃんにはなんでも話す。友達がらみも恋愛がらみも。バカだバカだと言いつつ、いつもちゃんと聞いてくれる。
普通の姉妹よりもお互いにとって近い関係だと思う。
でも、最近は昔ほどには仲良くないかな。サークルで揉めた話とかそのあとの彼との話もほとんどしてない。
もうお互い大人でいろんな人間関係がある。それにお姉ちゃんも卒業や就職で忙しそうにしてたし、私も話すのは気が重かった。