潮風の香りに、君を思い出せ。
「治る治らないで言ったら変わらないんだろうけど」
大地さんは、また言葉を選ぶようにゆっくり話す。
「どういうことなのかちゃんとわかれば、無駄に頑張らなくなるし、周りも頑張らせなくなるよ。努力するべきところと、そうじゃないところがある。七海ちゃんは十分頑張ってるだろ。周りがあまり気付かないくらいうまくやってる」
身体を少し私の方に向け、大地さんが静かに言う。
「自分をバカだと責める必要なんかないし、もっと甘えていいんだよ」
そうか、できないことを自分で責めないってことか。
でも甘えるってなんだろう。覚えられませんって今までみたいに言うのとどう違うの?フリって言われないの?
「甘えるって?」
「試さないで名乗ってくれっていうとか、周りの人に誰だか教えてもらうとか、色々周りに頼ればってこと」
言われて思い出した。
この人、来るたびに『大地だけど、覚えた?』って聞いてくれてた。『誰だかわかる?』って聞かなかった、他の人みたいに。
「反省してる。去年の新歓のときも試したし、今日の電車ではわかってないの承知でからかった」
少し目を伏せて言った後、急にじっと私の目を探るように見た。
「怖かったんだよね? 最悪だった、ごめん」
「そんなこと…」
否定しかけて、もしかして甘えるってこういうことかと思って言う。
「うん、嫌だったし怖かったです」
大地さんはもう一度、今度はぺこりと頭を下げて子どもみたいに謝ってくれた。
「ごめんなさい、もうしません」
「許してあげます」
顔を上げた大地さんとわかりあえたみたいに、二人でにこっと笑った。
やっぱりそうなんだ。甘えるってこういうこと。
できないことがある。
頑張ってもそれでもできない。
その時に『私のことは諦めて』って拗ねるんじゃなくて、甘える。
こうやって助けてって頼む。
これは困るからやめてって頼む。
こんな気持ちだよってちゃんと言う。
私には世界がこう見えているって伝える。
わからないかもしれないけど信じてみてって言う。
甘えるって、きっとそういうこと。