潮風の香りに、君を思い出せ。

「治る治らないで言ったら変わらないんだろうけど」

大地さんは、また言葉を選ぶようにゆっくり話す。

「どういうことなのかちゃんとわかれば、無駄に頑張らなくなるし、周りも頑張らせなくなるよ。努力するべきところと、そうじゃないところがある。七海ちゃんは十分頑張ってるだろ。周りがあまり気付かないくらいうまくやってる」

身体を少し私の方に向け、大地さんが静かに言う。

「自分をバカだと責める必要なんかないし、もっと甘えていいんだよ」

そうか、できないことを自分で責めないってことか。



でも甘えるってなんだろう。覚えられませんって今までみたいに言うのとどう違うの?フリって言われないの?

「甘えるって?」

「試さないで名乗ってくれっていうとか、周りの人に誰だか教えてもらうとか、色々周りに頼ればってこと」

言われて思い出した。

この人、来るたびに『大地だけど、覚えた?』って聞いてくれてた。『誰だかわかる?』って聞かなかった、他の人みたいに。



「反省してる。去年の新歓のときも試したし、今日の電車ではわかってないの承知でからかった」

少し目を伏せて言った後、急にじっと私の目を探るように見た。

「怖かったんだよね? 最悪だった、ごめん」

「そんなこと…」

否定しかけて、もしかして甘えるってこういうことかと思って言う。

「うん、嫌だったし怖かったです」



大地さんはもう一度、今度はぺこりと頭を下げて子どもみたいに謝ってくれた。

「ごめんなさい、もうしません」

「許してあげます」

顔を上げた大地さんとわかりあえたみたいに、二人でにこっと笑った。

やっぱりそうなんだ。甘えるってこういうこと。





できないことがある。

頑張ってもそれでもできない。

その時に『私のことは諦めて』って拗ねるんじゃなくて、甘える。



こうやって助けてって頼む。

これは困るからやめてって頼む。

こんな気持ちだよってちゃんと言う。

私には世界がこう見えているって伝える。

わからないかもしれないけど信じてみてって言う。



甘えるって、きっとそういうこと。

< 82 / 155 >

この作品をシェア

pagetop