潮風の香りに、君を思い出せ。

君と朝日を見た



真っ暗な部屋のドアが開いて、廊下の明かりを背に「七海ちゃん」と呼ばれる。シルエットと声でわかる。顔なんてもうわからなくても平気だなって気づく。

起き上がって「もう? 何時ですか?」と聞いた。

「四時前。今、日の出早いんだ、起きられる?」

「はい」とベッドを出ようとしたら、慌てたようにドアが閉められた。

また真っ暗だ。電気をつけると急に眩しい。急いで着替えて、借りたパジャマをたたむ。



洗面所で身支度を整えてから、バッグをもって玄関に行った。

「荷物置いてけば?」

大地さんが大きなバッグを見ながら言う。

「始発まだ先だよ」

このまま帰ろうとしていたことがばれている。無頓着なくせにこんなことだけ鋭い。



気まずいまま、玄関にバッグを置いて手ぶらで外に出た。日の出前だから当たり前だけど、夜みたいに暗い。

昨日みたいに自転車の後ろに乗せてもらった。夜明け前の暗くて静かな住宅街を、二人とも黙ったままで軽快に急いでいく。どさくさに紛れて、坂道でもないのに大地さんの背中にギュッとつかまった。いい香りがする。

やっぱりバカだなと自分が嫌になる。こんな風にしたらばれちゃうよね、彼氏なんてもういないも同然だってこと。大地さんを好きになっちゃったってこと。
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