潮風の香りに、君を思い出せ。


「香世子さんは? 朝ごはんのこと何か言ってました?」

「いや、パン屋は朝早いから。もう行ったんじゃないかな」

「週末も?」

「朝はほぼ毎日。元気なんだよ、あの人」

そうなんだ。あまり外に出たがらないうちのお母さんとは真逆な人だ。フットワークの軽さは大地さんと似てる。




そうだ、遺伝。

「遺伝するって書いてありましたよね、相貌失認症。だとしたらうちのお母さんがそうなのかな」

「お姉ちゃんは違うの? だからしっかりするのか」

「はい。私に似て七海はバカだからって母が昔よく言っていて」

「心配してるんだろうね、自分に似てるなら大変さもわかるだろうし。遺伝性かどうかは置いといて」

「でも、顔が覚えられないってお母さんが言ってるのは聞いた覚えがない」

「娘に見せられないとか、あるのかもなぁ」




心配、してるかな。お母さんは、私の話をいつも不安そうに聞く。ちょっとした失敗を笑ってくれたらいいのに、「大丈夫なの七海、お姉ちゃんに相談してみなさいよ」とかいつもお姉ちゃん頼み。

私に聞こえないように、時々お姉ちゃんに何か相談しているのも知ってる。私はバカだから言っても仕方ないって思ってるんだ。


お母さんも同じだとしたら言ってくれるはずだよね。お母さんも苦手だからしかたないよとか、こうやって覚えたらいいよとか。

大変さがわかってるとは、思えないな。

お母さんにはお姉ちゃんがいれば安心。私は、いても頼りにならないバカな子。
< 88 / 155 >

この作品をシェア

pagetop