潮風の香りに、君を思い出せ。
大学OBの大地さんに初めて会ったのは、テニスサークルの新歓合宿の時だった。卒業したばかりの先輩達が、夕方になって車に乗り合わせてガヤガヤとやって来た。

人の顔を覚えるのが苦手な私にとって、一度に同じ年代の人たちに会うのはちょっとしたチャレンジだ。

見分けがつかない。

サークル内の人達もまだ確実には覚えきれていなかったから、なおさらだった。



苦手アピールをしておいたほうが意外と角が立たないことを学んでいた私は、自己紹介するたびに「記憶力が悪くてなかなか人が覚えられません、すみません」と先に謝っておく癖がついていた。

宴会でOBの皆さんが集まっていた席に連れて行かれて、先輩達もそうやって紹介してくれた。

「この子文学部英文学科の子でナナです。かわいいけどおバカで、人を呼び間違えまくります」

「ナナって言うの?」

向かいに座っていた黒髪で特徴のつかみにくい人が、困ったような声で聞いてきた。

「そう呼ばれてます」

「呼ばれてるって?」

「ななみ、なんですけど。七つの海と書いて七海です」

と本名を伝えると、ホッとしたように言った。

「スケール感ある名前だね。俺、大地って言うんだよ。七海ちゃんと一つになったら地球が生まれるなぁ」

大学生のノリにまだ慣れていなかった私は、どう返していいのかわからず曖昧に笑っていたけれど、周りの人達が騒がしいリアクションで面白おかしく流してくれた。

「お前ナナちゃんいるくせに、他にもちょっかい出そうとか調子のるなよ!」

彼女さんがナナって言うのか、なるほど、それで困ってたのか。

隣に座った友達が「かっこいいけどセクハラだね、大地さんて」と耳打ちしてきた。そうか、今のはセクハラなんだ、確かに。


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