花と光と奏で
正門をくぐり、中等部校舎の昇降口へ入る。
上履きに履き替えながら、その場にいたクラスメート達と挨拶を交わした。
そして教室へと向かう階段を上っていると、その途中で、ふとポケットの中の存在を思い出した私は足を止めた。

「紫音?」

中等部と高等部の校舎をつなぐ中央棟。そこの2階にある職員室へ向かうため、その廊下の手前に立つ私に、少し先を歩いていた碧が、顔だけをこちらに向けて不思議そうに声をかけてきた。

『ちょっと職員室に寄るね』
「職員室?」

私が出した言葉に碧が身体を反転させた。

『昨日、落とし物見つけて』
「落とし物?」
『ん。忘れ物かもしれないけど…困ってるといけないし…先生に預けてくるね』
「私も行くよ」

碧はそう言って私の隣に立った。

『大丈夫だよ?』
「んー、いいの」

私がそう言えば、微笑んでそう言う碧。

『ありがと』

そんなやり取りをして、私と碧は職員室へと向かった。

「で?落とし物?忘れ物って何?」
『ん?ネクタイ』
「は?ネクタイ?」
『うん。…昨日ね、ここの図書室に来たの。初めは中等部の図書室へ行ったけど、肝心の目当ての本が置いてなくて…
でもそこにいた委員の人がここにはあるからって教えてくれて。
中等部にも開放してるけど、日頃は高等部の人達が利用してる場所だし、少し迷ったんだけど…本がないと出来ないし…
でも来た時は遅い時間だったからか、たまたまだったのか、誰もいなくてね。
そのまま本を探してたら、書棚にかけてあったのを見つけて。手に取ったのはいいけど……
その時窓から一星が見えたから…そのまま持って出ちゃったわけ。
よくよく思うと、そこに置いてただけかもしれないのにね。後は碧も知ってるでしょ?』

私は昨日のことを思い出しながら、碧に事の成り行きを説明して苦笑した。

「あー、屋上ね」

そんな会話をしながら、私は職員室のドアに手をかけた。

『失礼します』

言いながらに一礼して、引き戸を開いた。

ゆっくりとスライドするドアの向こうに、目に飛び込んできたのは通常よりも遥かに広い空間。中央で仕切られているとはいえ、この学校全体の先生が集まる場所、中等部と高等部の職員室。
この学校の特色なのか、はたまた校舎の造りに成せるものなのか。


"いつ来ても、緊張するな…"


そんなことを感じつつ、私は担任が座る場所へと近づいた。


『おはようございます』

視線を机の上のプリントへ落としていた担任が顔を上げる。

「お。月瀬(つきのせ)、おはよう」
『三嶋先生…』
「ん?朝から急用か?」

もうすぐ予鈴が鳴るであろう時刻。
始業前のSHR前に、ここへ来たことに疑問を抱いたのか、少しキョトンとした顔を見せて、私に聞いてきた。

『とくに…急ぎではないんですけど…これを…』

私はブレザーのポケットからネクタイを取り出した。

「ああ、忘れ物か?……高等部のだな」

先生はネクタイを受け取ると、クルッと裏返されたそれ。
その行動の後、裏側を見た先生の目が一瞬細められたような気がした。


"?"


その様子を不思議に思うも、すぐにいつもの先生が私と視線を合わせてきて、

「どこでこれを?」
『昨日、ここの図書室にあったのを見つけて。置いてただけかもしれないのに、つい持ち帰ってしまって…』

私の返答に、今度はギョッとした先生の顔。


"え?何かおかしなこと言った?"


「そうか…わかった。預かって、高等部の先生に渡しておくよ」

だけどそんな表情をすぐに一変させて、穏やかな口調でそう言った。


"何だったのかな…"


『はい。お願いします』

そんなことを思いつつ、返事をした私は、ペコリとお辞儀をしてその場を後にした。


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