花と光と奏で

甘い時間

"さっきはヤバかった…"


戸惑い気味な彼女の声に振り返れば、思いがけない至近距離に俺の心臓が大きく跳ね上がった。

慌てて彼女から離れたけど、その瞬間に出来た空間が瞬時に冷えていくのを感じて切なくなった。

横から彼女を守るように伸ばされていた腕は、何も考えずに自然と出ていた行動で、そんな俺を

“嫌じゃない”

と言ってくれた彼女に嬉しくなった。

俺の想いが少しでも伝わればと思って彼女と同じ言葉を使い、その行動の説明も加えることを忘れなかった。

そんな俺を少し下から見上げてきた彼女。

視線が絡み合った途端に胸が高鳴り、自分へ言い聞かせるように言ったはずの言葉がさらに胸を締めつけるのがわかって……


"すげぇ好きなんだけど"


俺は心の中でつぶやいた。


そのまま少しの間お互い何も言わずに見つめ合っていたと思ったら、突如彼女がつぶやいた言葉にまた心が揺さぶられた。


“傍にいてくれてよかった”


それをどういう意味で言ってくれたのかが知りたくて聞き返そうとしたけど、何なく勉強のことだと言われて落胆した俺。
それでも俺を頼ってくれてることに何とか気持ちを奮起させて彼女に応えた。

その彼女は今また、俺が書き記した公式をもとにいくつかの問題を解いていて、時々シャーペンを握った右手の人差し指を自分の唇へとあてているのが俺の視界に入ってくる。
彼女が考えている時の無意識の行動なんだろうけど、それがやけに色っぽく俺の目に映り込んできて…

俺は彼女のその仕草に翻弄されていた。

だから聞こえは悪いけど、まさかここまで自分が中学生の女の子を相手に振り回されるとは思ってもみなかった。


“身がもたない”


ふと、ついこの間七聖に言われたことを思い出した。

あの時七聖は“花姫”の彼女ではなく、その先のことを言っていた。
もうすでにそれが現実のものとなっているのに、まだ先があるのかと思うと俺の中に急に湧いた疑問。


“今を一緒に過ごしているのは彼女の本当の姿じゃない?”

“前に見られた儚げな彼女の意味するところが関係してる?”


そう考えると出会った前後に感じ、思った疑問にまで辿り着いた。


切ないまでの歌声。
存在を知らなかったこと。


今思ったことを加えると、一つ一つの点だったものが全てつながり線となった。

そこでまた七聖の言っていた言葉が頭の中に鮮明に浮かび上がった。


“一線”


七聖の言う“一線”とはまた違う意味かもしれない……
でも俺の中でつながったそれらは、俺にとって“本当の彼女”への道筋なんだと確信した。


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