猫の湯~きみと離れていなければ~
「でさぁ、この楠木の裏が副会長の家なんだけど、見てみる? 」
「やだ」
あの黒猫の家ってことだよね?
わたしの即答に陽向は悲しそうな顔を見せるけど、全然なびかない。
まさかと思うけど、この為に朝早くから呼び出されたわけ?
なんで自分から、不幸を呼ぶ黒猫の家に乗り込まなきゃならないのよ。
いつの間にか『縁起でもない』から『不幸を呼ぶ』に変わっているのは気にしない。
「あー、嘘だろー、長さんいないし」
先に楠木の裏にまわった陽向が手招きしている。
「本当にいないの? 嘘ついてたら怒るからね」
野良猫の家のイメージなんて段ボール箱。
そんなものだろうし、それをわざわざ見る必要がどこにあるんだろう。
でもまあ1度でも見ておけば、もうこんな時間に起こされることもないと思う。
しかし副会長の家はわたしの想像をはるかに越えていた。
ウッドデッキみたいな板の間が張られていて、おしゃれなトレーに山盛りのキャットフードが入ったお皿とお水皿。
そして屋根付きの猫用のトイレも完備されている。
掃除もできるように箒と塵取り、トイレ用のスコップも置いてあった。
立て掛けてある小さな木の階段は、楠にできた大きなウロに続いており、そのウロの中にはフワフワの毛布が敷かれていた。
そこが副会長のベットみたいだった。
「これ陽向が作ったの? 」
「まさか。誰が作ったかは知らないけど、ここはみんなが自主的に掃除と世話をしているんだってよ」