猫の湯~きみと離れていなければ~
その日の午後。
トイレから出てきた祥子が、3人分の教科書を持って待っているわたしにたずねてきた。
「お待たせって、多くない? 」
「これは陽向の分。『鮮度が命っ! 』って走って行っちゃった」
「…どーゆーこと? 」
首をかしげる祥子に教科書を返すと、わたしは窓から見える中庭を指差した。
そこにはのんびりと香箱を組んで日向ぼっこをしている副会長に向かって、お刺身を掲げた陽向が走りよっているところだった。
「陽向ってば副会長の為にお刺身を用意してたの」
「わー、…それは凄いね」
陽向の猫バカぶりに祥子もさすがに引いているようだった。
陽向と副会長を眺めながら、わたしたちは次の授業が行われる別棟へ向かい始めた。
「逢坂くんって本当に猫が好きなのねー。鈴は猫とか、何か動物を飼ってる? 」
「ううん、何も飼っていないよ。それにわたしは猫が苦手なの」
「えーっ! 風森さんって猫が嫌いなのーっ? 」
「それ聞いたら逢坂くん傷つくよねぇ。かっわいそー」
背後からの大きな声に、振り返ると美穂と久美子が大袈裟に哀れんでいた。
どうやら2人はわたしたちの後ろで聞き耳をたてていたらしい。