猫の湯~きみと離れていなければ~
「あの体と顔の大きさならこの辺のボスって感じかしらね? ぶっさいくで可愛いじゃない」
ケラケラと笑うママに呆れてしまう。
猫が可愛いとかまったく意味がわからない。
「あれのどこが? 高校初日で黒猫が横切るなんて縁起でもないんだからっ」
「よくそんな迷信知ってたわね。ボス猫ちゃーん、この度引っ越してきた風森です。よろしくね」
嘘でしょ?
猫に引っ越しのご挨拶なんて嘘でしょ?
黒猫に挨拶をしながらスマホを向ける楽しそうなママの腕を、わたしはぐいぐい引っ張り撮影の邪魔した。
ママの声に気づいた黒猫は、金色の目をこちらに向けてピタッと動きをとめている。
驚いているだけなのだろうけど、その態度は『どうぞ、撮してもいいですよ』と言っているようにも見えて、ますます不気味で仕方がない。
「そんなのいいから早く行こっ。こっちに来ないように見ててよ」
わたしは黒猫との距離を保ちながら車に乗り込むと、バタンッと大きな音が出るように強くドアを閉めた。