猫の湯~きみと離れていなければ~
「あたしも1枚写してくれるかい?」
着物の袖をたすき掛けしたサビ模様の猫がやってきた。
上品な顔と口振りは猫なのに色気を漂わせ、緑色の瞳は番台の宮とそっくりだった。
ゆらりゆらりと優雅に揺らすしっぽは副会長よりは曲がり具合が少ないカギしっぽで、その先はやっぱり2つに別れている。
そしてその片手には何故か不似合いな大きなノコギリを持っていた。
「あんたが鈴かい?」
「はい、風森 鈴です」
ノコギリから目が離せないままわたしは頭を下げて挨拶をした。
「どうも。女将の遇(ぐう)だよ。あんた龍宮の奴等と戦ったんだって? 勇ましいねぇ」
「龍宮?」
遇は胸元から花模様に装飾された赤い手鏡を取りだし、鏡とわたしの顔を比べ始めた。
「…あのー?」
「あぁ、あんたの傷の具合を見てるんだよ。これぐらいの傷なら、ここの湯につかれば跡も残らなく治るさ」
渡された手鏡にはベットで眠っているわたしの体が映っている。
「鈴よかったな。あのまま顔に傷が残れば、俺は責任をとってお前を嫁に迎える覚悟でいた」
ほっと胸を撫で下ろす副会長の気持ちは
『傷が残らないことを喜んでくれているから』
と思う事にした。
だってわたしにも選ぶ権利はあるはずだし。