猫の湯~きみと離れていなければ~
「ところで女将。その物騒な物は何だ?」
副会長はいぶかしげに、遇のノコギリに目をやった。
「ああ、これかい? 今ねぇ離れを改装してんのさ」
「え? 女将さんが改装してるんですか? 」
「業者なんか入れたら銭がいくらあっても足りないからね。息子とで作ってんのさ」
遇はノコギリを持ち上げると刃先を弾いて軽やかな音をたてた。
その姿すら色っぽいと感じてしまう。
「まさか女将…? 」
「そのまさかだよ。もう時代はスーパー銭湯さっ」
頭をかきながら呆れたように聞く副会長に、遇は力強く答えた。
「おいおい『あんなのは邪道だ。ここは伝統を重んじる由緒ある店なんだよ』って語っていたのはどこのどいつだ? 」
「伝統があっても客が来なけりゃ銭を落とさないんだよ」
遇の手に力が入ったようで、ノコギリは小刻みに揺れ始めた。