猫の湯~きみと離れていなければ~
―― カランコロン
軽やかな下駄の音が聞こえてきた。
「きゃああーっ! 黒猫っ! 」
わたしが思わずあげた悲鳴に、とまっていたカラスがギャアギャアとわめいて、逃げていった。
「なんだ。朝からさわがしいやつだな 」
副会長はあきれたようにわたしの横に腰をかける。
昨日とは違う羽織は、黒地で裾に赤い格子模様が入っていて渋い。
でも副会長のしっぽは膨れあがっているから、多分、いや、きっと驚かせてしまったに違いない。
わたしはスマホの画面を見られないように、ポケットの中にしまいこんだ。
普通に、……普通にしておかないと。
推測で疑ったりしてはダメ。
聞いてみればいいだけなんだから。
でも…
『わたしの人生をめちゃくちゃにするために、ここに連れて来たの? 』
って聞ける勇気があるわけない。
「あ、昨日は部屋まで運んでくれてありがとう」
「あのまま置いておいてもよかったんだが、営業に差し障りが出るのは困るからな」
昨日なら「またバカにして」って思ってしまったのかもしれないけど、今日は不思議とそんな気はおこらない。
「まぁ、それだけお前が抱え込んでいたんだろうな」
そう言われると、湯船で泣きじゃくったことを思い出して恥ずかしくなってしまう。