猫の湯~きみと離れていなければ~

満月が夜の頂上を少し降り始めたころ。


倫が猫玉を授かった話は瞬く間に町中に知れわたり、猫の湯の前は見物客でごった返していた。


間違いなく明日から猫の湯は大繁盛すると思う。


遇と倫は猫の湯の前であいさつに追われ、宮は銭湯の清掃とヤギ乳や手拭いなどの備品の確認、仁は薪割りに取りかかっていた。


「手伝いたい気持ちは分かるが、俺はお前をここに連れてきた役目を果たさなければならない」


副会長の言葉に従い、わたしは『いってきます』も言えず、後ろ髪をひかれる思いで靴をはいた。

遠回りにはなるけれど、見物客を避けるために裏口からそっと抜け出したわたしたちを誰かが見たらきっと「泥棒ーっ! 」と叫んだに違いなかった。


だって副会長はおにぎりがたくさん詰まった唐草模様の風呂敷を肩に担いでいたから。


神社にたどり着くまでに、わたしの腕の中にちょこんとおさまっている金と銀は、すれ違う猫や観光客たちにあの招き猫さまだとは気づかれることはなかった。


副会長が言っていた『真実も度を越えれば嘘になる』ってこういうことね。


コスプレしている双子の子猫としか思われていないのが幸いして、金と銀は全身ずぶ濡れになりながら金魚すくいを楽しむことができた。
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