猫の湯~きみと離れていなければ~

「莉子さん、もう出ないと間に合いません」


マネージャーの呼ぶ声に、莉子はわたしに背を向けて歩き始めた。


「…私、あやまらないから」


小さく、でも確かに莉子がそう言ったのが聞こえた。



これだけのことを言われたのに、不思議と怒りがおさまってきたのは、莉子が全て本心で話してくれたからかもしれない。


『あやまらないから』


莉子は自分の弱さやずるさ。
どんな自分でも“自分”を認めてあげられる優しさを持っているから、さらけ出せる強さがあるんだね。


わたしが決意を決めていなかったらきっと気づけなかった。
なんて酷い人だって、友達と思っていたのにって莉子を非難するだけだったと思う。


でも違う。

逃げていたのはわたし。
本心を隠していたのはわたし。


莉子の気持ちに気がつかなくて、本当にごめんなさい。



「莉子、待ってっ! 」


わたしは動き出した車にかけよった。

驚いたように窓ガラスを開けた莉子はまだ泣いていた。


「わたし、わたしね、…莉子が好き」

「…知っているわ。だって私たちは友達でしょ? 」






「青春だわねぇ。うらやましいわぁ」


莉子の車を見送るわたしを、ママが窓から顔を出して声をかけてきた。

ニタニタ笑っているってことは、話を聞かれてしまったに違いない。

本当にデリカシーの欠片もないんだから。



「それ以上なにも言わないで。そして絶対に誰にも言わないでよ」


口止めしておかないと、今日のお昼には藤子おばちゃんに伝わってしまってもおかしくはない。
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