猫の湯~きみと離れていなければ~
「右から2番目の背が高くてかっこいい人が、秋月中の逢坂陽向くん」
祥子は、周りに聞かれないように少し声を抑えて教えてくれた。
うん、知ってるよ。
「水泳部のキャプテンで県の選抜選手にも選ばれててさぁ、」
それも知っているの。
「他の学校の生徒からも凄い人気なんだよねぇ。逢坂くんがこの学校を受けるって噂が広まってから、倍率上がったのよ」
祥子はうっとりとした顔で、陽向に関する情報を次々と公開していくが、教えてもらわなくても知っていた。
ママが藤子おばちゃんに会うたびに電話で話すたびに、いつも陽向の話を、くだらない話までたくさん話してくれているから。
部活の大会、テストの点数、大きくなった靴のサイズ、リレーの選手に選ばれたこと、傘を忘れてびしょ濡れで帰ってきたこと、最近口ずさんでる歌とか。
祥子はずっと陽向を見ていて、わたしの涙目に気づかない。
祥子にバレないように、指で涙をぬぐうと少しでも顔が隠れるように、耳にかけていた髪を外した。