グリーン・デイ
父はスープを飲み終えると、着替えて髭を剃って、会社に出かけた。電車で50分かけて郊外から街の中心地にある、行政書士事務所に向かった。そこが父の職場だった。
そこで、書類作成やお茶酌みをしながら暇を見つけて、司法書士や宅建の資格の勉強をしたらしいわ。なんでも、行政書士にはそういう資格も持っておいた方が後々の仕事に有利に働くみたいなの。あ、これは私が気になって調べたことなんだけど。
母は父を送り出した後は、部屋を綺麗に磨き上げて、それからワードプロセッサーを開いた。机の横に盛り塩なんかを置いて、それを指の腹で突きながら、何を書こうか考えて、それを思ったまま打ち込んだ。当時はまだデビュー前で、小説家になるために死に物狂いで書いたらしいわ。
睡眠時間は平均で2時間。家事以外のすべての時間、パソコンと向き合ったみたい。ブラックコーヒーを飲みながら、睡魔と戦って、時にはコーヒーの飲み過ぎで嘔吐したこともあったそうよ。
少々、馬鹿みたいだけど、小説家になるにはそれだけの努力と習慣付けることが必要なのかしらね? まあ、それだけじゃないとは思うけれど。
私ね、中学1年生の時に、母の書いた小説を読んだことがあるんだけど、はっきり言って全然面白くなかったの。
読めない名前の登場人物……今でいうキラキラネームね。それから、描写の少ないこと。セリフばかりで、そのセリフが家を建てるときの設計図のように決まりきた動作をしていて、読めない漢字を多用すれば、ドストエフスキーの「罪と罰」を翻訳した人のような文章になると信じ切っている、小説家崩れにいそうな典型的な文章だったわ。
それを周りも批判しない、むしろ褒めるものだから母は自分に才能があると思い込んでいたのね。馬鹿々々しい。