グリーン・デイ





 アヤカの話を聞き終え、僕はつくづく、煙草を吸わなくて正解だったなと思った。人の煙草の匂いほど、不快なものはない。シンナーやスプレー缶はないにしても、あんまり良い思い出のなさそうな高校生活を思い出させることになってしまうのではないかと思ったのだ。



 そして、僕はアヤカの言う「出来過ぎた偶然」への自分なりの見解を述べた。



「幻想世界じゃないかって思ってる。出会ったばかりの僕たちが午前0時。つまり、一日の始まりを薄い引き戸を隔てて会話して迎えた現状は、現実世界では起こり得ないことだと思う。例えあったとしても、それは数億分の1にも満たない確率だ。」



「意外と現実派なのね。でもこうは考えられない? フランツ・カフカの小説、『変身』に出てくる、グレーゴル・ザムザのように、ある朝目を覚ますと虫になっていた。虫じゃないにしても、私たちのように一目見ただけで名前がわかるってこともそれに似た事象じゃないかって。」



「そうかもしれない。」と僕は言った。



「でも、仮にそうだったとすると、やはり『変身』は小説の話であって、カフカがグレーゴルなわけじゃないし、カフカの友人がグレーゴルとも思えない。僕たちの『変身』のほうがよっぽど現実に近い。」



「それでもあなたはここを幻想世界というのよね。それはおかしいわ。今の言い草だと、どちらかと言えばここは現実世界で、幻想世界なんかあるわけがないという意味に捉えられるわ。」




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