グリーン・デイ





「僕が言いたいのはそこじゃないんだ。グレーゴルは、妹だけには自分がこんな姿になっても変わらずに愛してくれていると思い込んでいた。でも、現実はそうじゃなかった。カフカはあれを喜劇だと言ったらしいが、僕には何度読み返しても悲壮感に苛まれる。キミは僕を信用している。いや、それを通り越して愛してくれているみたいだけど、僕はキミを信用していない。これが現状のベクトルだ。おそらく、僕はこの先キミと一つ屋根の下で過ごすことによって、いろんな発見をするだろうし、それを好きにもなるだろう。ただもし、このベクトルがそもそも実在しないのだとしたらどうだ? それを知らずにキミと過ごして、僕がキミを好きになる。そう考えるととても恐ろしく感じるんだよ。」



「つまりそれは、私はこんなことを言っているけれど、陰ではあなたのことを好きじゃないってことかしら。そして、あなたをその気にさせ、馴れさせたところで大口開けてぱくりと食べてしまう。確かにそう捉えるのが自然ね。ただ、グレーゴルが虫になっても家族は馴れなかった。1年くらい経っているにも関わらずよ? あの幸せそうだった家族で、信用のあったグレーゴルがそんな状態だったにも関わらず、出会ったばかりの私にあなたが馴れるとは到底思えないわ。」



「いや、グレーゴルは言語を介してさえいれば、きっと虫になっていてでも幸せに過ごせていたと思う。会社は辞めることにはなっただろうけど、円満退社だ。気を遣った行動は家族の理解を得ることもできた。キミがグレーゴルだとすれば、少なくとも日本語を話せる。僕にそれを使って気持ちを伝えることがこうしてできている。人間の形をしている。僕好みの顔で、スタイルで、その……身体の方もいい作りをしていて、僕はキミを抱きしめてみたいと一瞬思ったほどだ。それは、従来のグレーゴルにはなかった特徴だ。」




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