グリーン・デイ





 それからは、午前中、二人ともそれぞれに時間を消費していった。僕はダイニングでギターをかき鳴らすことがあれば、作詞で思いついたワードをスマホにメモした。



 アヤカの方はというとワンルームのベッドに横になり、煙草を吸いながら僕の持っている小説を読み漁り、たまにシャーペンで気に入ったワードに線を引いた。それがある程度溜まったところで、ダイニングにいる僕の元へやってきて、溜まったワードを引用して感慨深げに呟くのだ。



「大概の人って生きるために一生のほとんどを使うじゃない? 仕事をしてお金を稼ぐために生きてるって感じ。だから、そんな一生の中で自由な時間がちょっとでもできると、急に不安になって何をしていいかわからなくなるの。ほんと、奇妙よね。人間って。」



 しかし、僕の部屋にある小説なのだから僕が読んでいないわけがなく、どの作品のどういう言葉を引用しているのかすぐにわかった。それを指摘してしまうと、その作家の感性そのものを否定したことにもなる。



 にもかかわらず、オレンジのソファーに座って僕の反応を待っているのだから、たちの悪い悪戯だ。何となくで誤魔化そうとしてそれが通用する相手ではない。俳句に返句があるように、僕も小説の引用をして返すしかなかった。



「人間なんて変哲もないものだからね。でも、そういう人たちの中で生きていくことに歓びを覚えることもある。ご馳走を目の前にそれを食べながら悪気のない冗談を言い合ったり、その後で一緒にショッピングに行って、カラオケでデュエットしたり。そういう時間が楽しいんじゃないか? 人生にそういう楽しみばかりじゃ飽きてしまうけれど、忙しない日常の中、アスファルトに咲くたんぽぽのように、急に現れるから楽しいと思えるし、たんぽぽだって1輪だけひっそりと咲いているからこそ、価値が見出されるんだ。」



 すると、アヤカは頬を膨らませ、俯いてワンルームのベッドに戻る。それから引用した本を投げ捨て、別の本に手を伸ばす。午前中はこの繰り返しだった。




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