グリーン・デイ





 僕はそんな彼女と目が合った。



 電車に乗っていれば、誰かと目が合うことなんて、そう少なくない。そして、目が合ったからといって、特に意識することもない。会話が始まるわけでもないし、会釈をするわけでもない。すぐに目を逸らして、中吊り広告でも眺める。意味もなくスマホを開く。イヤホンをして音楽を聴く。それが普通だ。



 しかし、この時はどこか違った。お互い目が合い続けていたのだ。



 彼女は目を逸らすことなく、僕をじっと見ていた。僕も逸らすことなく彼女をじっと見ていた。十秒、二十秒、一分経っていたかもしれない。僕はなぜか彼女の目を逸らすことが出来なかった。逸らすことが失礼だと思った訳ではない。どちらかというと、ずっと見ていたいと思わせた。



 それは彼女の目が、声に出さないと伝わらない気持ちを、目と目を通して僕の脳内に語り掛けるような、そんな意思のある目をしていたからだった。それと同時に僕も無意識のうちにその意思に答えかけようとしていた。



 随分長いこと目が合っていて、こんな体験は今までにしたことがないし、これからもすることはないだろうと思っていた。こんなことはあり得ない。電車の隣に座った人と一分も目が合い続けることなんてあるわけがない。少なくとも、この現実世界では起こり得ない事象で、しかしどこか居心地が良く、特に不自然とは感じなかった。



 アヤカがイヤホンを外した。



「一人だけの世界に浸るために音楽を聴いたり、本を読んだりするでしょ? でも、こうしてあなたと目を合わせたことによって、それが阻害されたような……いや、違うわね。手を差し伸べてくれたような気になったの。」



 アヤカの言うことが自分でも不思議なほど理解できた。



「ねえ、これを恋って思うには尚早かしら?」




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