グリーン・デイ
「僕は今夜、キミの心を犯してしまうかもしれない。でも、仕方がないことなんだ。僕はずっとモンスターと一人で戦ってきた。勇敢に立ち向かったと思う。でも、どんなに足掻いてもモンスターはそこにいて、僕の斬撃も、魔法も一切効きやしない。僕は負けたんだ。欲望に。人間が誰もが持っている欲望に溺れてしまって、真面目一徹だった僕は死んでしまったんだよ。音も聴こえない。何も聴こえないんだ。もう随分と前からね。僕は音楽を辞めるだろう。なあに、僕一人いなくなったところで、音楽業界に一振ほども影響はないだろう。僕はこの幻想世界からおさらばすることになるだろう。自分の意思で。だから、せめて現実世界へ戻る前に僕を残しておきたい。キミの中に。キミの心に。確かに僕とキミは同じ時を過ごしたって証が欲しいんだ。すまない、許してくれ。」
アヤカは僕の背中に手を回した。そして、力いっぱい僕を抱きしめた。耳元で、胸元で、アヤカを感じることが出来た。
そして、僕はそんなアヤカにキスをした。やわらかく、長いキスだった。アヤカは泣いているようだった。頬に伝わる涙が口元に垂れてきて、しょっぱい、悲しいキスだった。
「……私はずっと望んでた。あの日、電車で出会った時からこんな夜をずっと。それが今、叶おうとしているにもかかわらず、私は悲しくて、悲しくてたまらない。小さい頃、母に言われたの。人に涙を見せちゃダメだって。生みの親でもない人の言いつけを守るなんて変だって思うわよね。でも、そうしないと私の存在を全否定してしまう気がして……その言いつけを私は守れなかった。夜が明けたら、幻想世界は終わりを迎えるわ。でも、これだけは……。」
「何だ?」僕は訊いた。
「私はあなたに惚れて本当によかった。」