心に届く歌
ドクさんは立ち上がると僕の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
そして手に持っていたモノを僕へ見せた。
「これを返すことは出来ませんが、シエル様なら大丈夫ですよ」
「……はい」
「なくさないよう、責任持ってお預かりしておきます」
「……お願いします」
「シエル様がご自分の世界を信じられた暁にはお返し致します」
ドクさんは僕の大切な鍵…カッターナイフを白衣のポケットに仕舞った。
信じられるかわからないけど……。
再び出会える時があったのなら、その時には“その時”僕がいる世界を信じられたら良い。
そんな不安定な想いを、僕は信じたかった。
「……はい」
返事をすると、黒電話の音が響く。
家に電話はなかったけど、工場で鳴っていた音と同じで、ビクッと体が反応した。
「ごめんなさい電話です」
どうやらドクさんのスマートフォンの着信音だったようだ。
変わった音を着信音にしているんだね…ドクさんも。
一言二言話したドクさんは、何だか焦っているように聞こえた。
「シエル様。
申し訳ありませんが診療所に急患が来ているようなので、行かなくてはいけません。
おひとりで大丈夫ですか」
「はい……大丈夫だと思います」
自信はなかったけど、ドクさんを引き留めるわけにはいかない。
ドクさんは「何かあったら内線電話で誰かをお呼びください」と言い、
部屋を出て行った。
ひとりになった部屋。
僕はベッドの上で体を丸め、誰かが来るのを待っていた。
ひとりだったのに、今はひとりが嫌だと思っている。
いつから僕は、こんなにも臆病になったのだろうか。
やっぱり、人のぬくもりに触れてしまっているから?
「……もし、僕がいた世界に戻ったのなら、僕はどうするんだろう」
呟いた言葉は、やっぱり部屋に消えた。