心に届く歌






僕は初めてのことに、ただアンスの言葉に口をパクパクすることしか出来なかった。




「つーか、シエル何で知らねえんだよ」


「だってそんなこと……誰もっ…」


「じゃあ良い機会だな」


「エル様っ……知っていたんですか!?」


「し、ししし……知っていたわよ、そりゃあ。
世間知らずなわたしだって、知っているわよ。

でもねアンス。
シエルをひとりで放っておくなんて……

そんなことわたしには出来ないわっ!」


「過保護だなぁエルちゃん。
そんなことしていたら、婚約者に嫌われるぞ」




アンスの言葉に、無意識に反応した。




「婚約者……?エル様、婚約者いるんですか」


「え?……ええ。いるわよ」


「でも1度もお会いしたことないのですが…」


「わたしだって1度しか会ったことないわ。
会おうとしていたけど、その約束もわたしに用事が出来たからね。

というか、何でアンス知っているのよ」


「え?アイツ名乗ってねぇの?」


「名乗ったわよ。プーセ、だったかしら」


「上の名前は」


「え?……聞いていないわよ?
だって結婚したらわたしの名字になるんだもの」




そっか。

普通は男の名字になるんだろうけど、エル様は特別。

ソレイユの名字を持つ者は王族の血筋を受け継ぐ者。

エル様の婚約者は、婿養子になるわけだ。




「プーセ・クザン、だろ」


「え?クザンって……」


「プーセは、俺の従兄弟。
お父様の弟の息子なんだ」




そういえばアンスが話していた。

従兄弟がいることを。

まさかその人が……エル様の婚約者。




「はあ!?聞いていないんだけど!」


「プーセは次期当主の俺と違って、兄がいるから当主じゃねぇんだよなぁ。
だから、エルちゃんの婚約者として呼ばれたんだろ」


「じゃあ知っているの?今プーセが何をしているのか」


「知ってるぜ?
アイツ、金と地位使って女遊びしてる。
多分どっかのバーで豪遊しているんじゃねぇの?」


「……その人、未成年じゃないのね」


「プーセは22歳だからな」




ふたりがエル様の婚約者について話しているのを、僕はどこか違う空間の話だと思って聞いていた。

だって婚約者も次期当主も、僕には全く関係のない話だから。




「ふーん、女遊びにバーで豪遊ねぇ。
なーんで、わたしそんな人と婚約しないといけないのかしら」


「それが宿命ってやつなんじゃねぇの?」


「わたしも、自由に恋愛したかったなぁー」



エル様が寂しそうに天井を見上げた後、僕を見て目を逸らす。




あ……。

エル様は、僕に好きだと言ってくれた。

僕はそれを、最低な言葉で突き離してしまったけど……。




もしかして、僕に好きだということで、逃れようとしていた?

女遊びの激しい婚約者から逃げるために?




……結婚か。

僕は文字が並んだノートを見つめ、呟く。




僕もいつかは、結婚して家族が出来る?

そんなのは……夢物語?





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