心に届く歌
一通り文句を言い終えたティラン伯爵は、再びお父様と話しだす。
まるで何事もなかったかのように。
わたしはあの少年の存在をなかったことにするようにお父様と話すティラン伯爵に何故か怒りを覚えて。
「ちょっとお手洗いに」と嘘を付き応接間を出た。
お手洗いの場所をティラン伯爵に案内されたけど、わたしはお手洗いに行かず広いお屋敷内を歩きまわった。
自分でもわからないけど、あの少年を探していた。
雨が容赦なく降り注ぐ中、わたしは少年を探した。
理由なんて見つからないまま。
「はぁー楽しかった!」
誰か女の声が聞こえて、わたしは思わず立ち止まり壁に背をくっつけなるべく息を殺した。
わたしが曲がろうとしていた角から出てきたのは、メイド長を先頭に歩くメイド集団だった。
集団の中にはメイドだけではなく、執事らしき男も混じっていた。
全員酔っぱらったかのように笑いながら歩いている。
「すっごく楽しかった!
もうこの屋敷に一生仕えられるほど楽しかったなー!」
「この屋敷は広すぎて掃除とか大変だし、その割に賃金安いけど、まぁ楽しいから良いか!ってなるよねー」
「あの楽しみがなくなるかと思うと超寂しくない?」
「その時はまた見つけりゃ良い話だろ。
別にアイツじゃなきゃ出来ねぇってわけでもねぇし」
「でもアイツ久々に良い味出していたよなー。
失うのはマジ辛いっす!」
「心にもねぇこと言うなよー」
ゲラゲラ楽しそうに笑いながら、メイドと執事集団は長い廊下を歩き、わたしの前から姿を消した。
笑い声が聞こえなくなった所で、わたしは曲がろうとして気がついた。
集団の1人が落として行ったと思われる、小さな冊子。
ホッチキスで止められた手のひらサイズの小さなもので、表紙はくすんだ白色。
【ティラン家に仕える者の掟】と書かれた冊子をわたしはめくった。
「……何コレ…」
めくった先に書かれていたもの。
わたしはポケットに冊子を押し込み、歩く速度を速めた。
見つけなくちゃ。
あの少年を一刻も早く。
見つけなくちゃ……取り返しがつかないことになる。
わたしは多分今までの人生の中で1番焦って、少年を探した。
あの集団の中にいなかった、少年を。