心に届く歌
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目の前にそびえ建つのは、立派すぎるお屋敷。
だけどその日が曇りだったからか、何だか怪しげに見えた。
見送らなかった両親が、僕に『着いたらインターフォンを押すように』と言っていたのを思い出し、恐る恐る押してみる。
出てきたのは、黒髪を真っ直ぐ伸ばした女性だった。
「どちら様ですか?」
「今日からお世話になります、シエル・セレーネと申します」
「あぁあなたが。話は聞いているわ、入って」
「失礼致します」
工場では敬語の勉強もさせられた。
顔と名前を即座に一致させなければ怒鳴られたので、顔を覚えるのも得意だ。
「あなた、結構礼儀正しいのね。村出身だって聞いているのに」
「村で育っても人前で粗相をしないよう心掛けていましたから」
「ふふ、良い心掛けね」
殴られないよう、蹴られないよう身に着けた特技。
褒められても全く嬉しくなかった。
「あたくしはメイド長よ。メイド長と呼んでちょうだい」
「はい。よろしくお願い致します、メイド長」
黒髪の女性…もといメイド長に連れられたのは、地下室。
執事服やメイド服に身を包んだ大勢の人が、各自自由に過ごしていた。
メイド長は休憩中だと言ったけど、
煙草を吸ったりビールで乾杯していたりと、休憩中にしては度が過ぎていると思った。
「皆さん、こちらに注目しなさい。
この人は、シエル・セレーネさん。
今日からこのお屋敷で執事として仲間入りすることになったわ」
「初めまして、シエル・セレーネと申します。
よろしくお願い致します」
周りを見渡しながら頭を下げる。
見渡すついでに全員の顔はある程度覚える。
「ではひとりひとり簡単な自己紹介をしましょうか」
僕はメイド長に連れられ、煙草くさい人やお酒くさい人の前に立ち、握手を交わす。
その時に名前も言われ、そこで急いで全員の名前と顔を一致する。
「では、儀式を始めたいと思います」
全員との自己紹介が終わると、メイド長がニヤリと笑う。
使用人たちは嬉しそうに、指笛を鳴らしたり手を叩いたりしていた。
「儀式……?」
「あとでちゃんとした冊子を渡すけど、今簡単に説明するわね。
ここのお屋敷は、正直結構なブラックよ。
仕事が大変なくせに賃金は低くて、ご主人様の目に留まった人しかキャリアがランクアップしないで。
あたくしたち使用人のストレスは日々溜まっていくの。
そこで作られたのが儀式よ。
儀式の生贄の対象者は、新しく入ってきた人と辞める人、そして失敗をした人よ」
「新しく入ってきた人…では僕もですか」
「ええ。
ちなみに儀式の生贄を拒否した人はクビよ」
「え?」
「あたくし、ご主人様に信頼されているの。
だから、あたくしの気に入らない人は出て行ってもらう、すなわちクビにしても良いようになっているの。
でも村出身のあなたを含めたここにいる人は、大抵お金に困っている人ばかり。
そう簡単にはあたくしもクビになんてしないわ。
儀式を拒否した人だけ、クビにしているわ」
「……わかりました。頑張ります」
「その意気よ。さぁ中央に立って」
クビになるのなんて、正直嫌じゃなかった。
僕が何より恐れているのは、クビになったことで受ける両親の罰だった。
「さぁ儀式へのカウントダウン、始めるわよ!」
「「おぉーっ!」」
いつの間にか使用人の手には、鉄パイプが握られている。
「始め!」
メイド長の合図で、それが一斉に僕へ振り落とされた。