心に届く歌






☆☆☆




目の前にそびえ建つのは、立派すぎるお屋敷。

だけどその日が曇りだったからか、何だか怪しげに見えた。

見送らなかった両親が、僕に『着いたらインターフォンを押すように』と言っていたのを思い出し、恐る恐る押してみる。

出てきたのは、黒髪を真っ直ぐ伸ばした女性だった。


「どちら様ですか?」

「今日からお世話になります、シエル・セレーネと申します」

「あぁあなたが。話は聞いているわ、入って」

「失礼致します」


工場では敬語の勉強もさせられた。

顔と名前を即座に一致させなければ怒鳴られたので、顔を覚えるのも得意だ。


「あなた、結構礼儀正しいのね。村出身だって聞いているのに」

「村で育っても人前で粗相をしないよう心掛けていましたから」

「ふふ、良い心掛けね」


殴られないよう、蹴られないよう身に着けた特技。

褒められても全く嬉しくなかった。


「あたくしはメイド長よ。メイド長と呼んでちょうだい」

「はい。よろしくお願い致します、メイド長」


黒髪の女性…もといメイド長に連れられたのは、地下室。

執事服やメイド服に身を包んだ大勢の人が、各自自由に過ごしていた。

メイド長は休憩中だと言ったけど、

煙草を吸ったりビールで乾杯していたりと、休憩中にしては度が過ぎていると思った。



「皆さん、こちらに注目しなさい。
この人は、シエル・セレーネさん。
今日からこのお屋敷で執事として仲間入りすることになったわ」

「初めまして、シエル・セレーネと申します。
よろしくお願い致します」



周りを見渡しながら頭を下げる。

見渡すついでに全員の顔はある程度覚える。



「ではひとりひとり簡単な自己紹介をしましょうか」



僕はメイド長に連れられ、煙草くさい人やお酒くさい人の前に立ち、握手を交わす。

その時に名前も言われ、そこで急いで全員の名前と顔を一致する。



「では、儀式を始めたいと思います」



全員との自己紹介が終わると、メイド長がニヤリと笑う。

使用人たちは嬉しそうに、指笛を鳴らしたり手を叩いたりしていた。



「儀式……?」

「あとでちゃんとした冊子を渡すけど、今簡単に説明するわね。

ここのお屋敷は、正直結構なブラックよ。
仕事が大変なくせに賃金は低くて、ご主人様の目に留まった人しかキャリアがランクアップしないで。
あたくしたち使用人のストレスは日々溜まっていくの。

そこで作られたのが儀式よ。
儀式の生贄の対象者は、新しく入ってきた人と辞める人、そして失敗をした人よ」

「新しく入ってきた人…では僕もですか」

「ええ。
ちなみに儀式の生贄を拒否した人はクビよ」

「え?」

「あたくし、ご主人様に信頼されているの。
だから、あたくしの気に入らない人は出て行ってもらう、すなわちクビにしても良いようになっているの。

でも村出身のあなたを含めたここにいる人は、大抵お金に困っている人ばかり。

そう簡単にはあたくしもクビになんてしないわ。
儀式を拒否した人だけ、クビにしているわ」

「……わかりました。頑張ります」

「その意気よ。さぁ中央に立って」



クビになるのなんて、正直嫌じゃなかった。

僕が何より恐れているのは、クビになったことで受ける両親の罰だった。



「さぁ儀式へのカウントダウン、始めるわよ!」

「「おぉーっ!」」



いつの間にか使用人の手には、鉄パイプが握られている。



「始め!」



メイド長の合図で、それが一斉に僕へ振り落とされた。






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