心に届く歌
「……何よ、これ」
トイレ掃除が終わったので、メイド長を探してチェックしてもらうと。
メイド長は僕を睨み付けた。
「ちゃんとお手洗いは中の窓のサッシも拭くようなっているでしょ」
「え?」
『窓のサッシはどうするんですか?』
『窓のサッシは拭かないでも大丈夫ですよ』
「あの……ソンジュさんが、窓のサッシは拭かなくても良いって」
「はあ?ソンジュが?」
メイド長はソンジュさんを呼びつけた。
「ソンジュ。セレーネにやり方を教える時、窓のサッシは拭かなくても良いと教えたのは本当?」
「だ、誰がそんなことを?
説明したに決まっているじゃないですか」
ソンジュさんは僕を見る。
さっきまで浮かべていた笑みは消え、暗い色をしていた。
「どうしてセレーネさん、嘘をついたのかしら」
「嘘……」
「ちゃんとアタシは説明したはずですよね。
窓のサッシも拭くよう言いましたよね」
「……僕、聞いていませんけど…」
「メイド長、アタシはちゃんと説明致しましたわ」
メイド長は僕とソンジュさんを交互に見ると、溜息をつき、トイレの中にあるロッカーの中からバケツを取り出した。
バケツには何故かたっぷり、泥水がはいっていた。
メイド長はバケツの泥水を、トイレの床に流した。
一瞬にして、トイレの床が水浸しになる。
「セレーネ、掃除し直しよ」
「そんなっ……」
「あと、これは失敗と認め、儀式の生贄はあんたよ」
メイド長がバケツを持ったままトイレを出ていく。
するとソンジュさんが僕の肩に手を置いた。
「ざまーみろ」
「…っ!?」
「これがここのやり方。自分より後輩をいじめ抜くのがここのやり方よ」
「……だから、嘘を?」
「そうよ。
それにあんたが生贄になれば、ストレス発散にもなるからね」
ストレス発散となる、儀式こと鉄パイプの雨。
使用人たちは、全員誰かが失敗することを望んでいるんだ。
自分の中に溜まったストレスを発散するために。
「さ、ちゃんと掃除しなさいね。アハハッ」
ソンジュさんは出ていく。
僕はひとり取り残され、モップがないため雑巾で泥水を拭き取った。
その日の仕事終わり。
使用人たちが待ち構えていた儀式が始まった。
儀式の生贄は勿論僕。
鉄パイプの豪雨を受けた僕は、用意された狭い使用人寮の部屋で、手首を切った。
でも僕も臆病だと思う。
切っているくせに、深く切っているくせに、死のうとしない。
死のうとしないのではない、死にたくないんだ。
まだ、生きたいなんて願っている。
僕が幸せになるはず、ないのにね。