心に届く歌








強制的に帰省され、1週間。

再び中心街の牢獄に行く電車の中。




「……うっ…」



僕は酷い吐き気があった。

それに頭はいつも以上にガンガン痛むし、上下わからなくなりそうなほど眩暈が酷い。

熱っぽくて熱いのに、寒くて震えが止まらないという矛盾も抱えていた。


何度目かわからないほど、特急電車の中にあるトイレで戻す。

だけど何も食べていないから胃液さえも出てこない。


電車の揺れで酔ったのか。

それとも、昨日の夜両親により1日中出されていたから?

どっちかわからないけど、吐き気は治まることを知らず、ゆっくりと強くなっていった。



中心街に行く駅で降り、再び駅のトイレに駆け込み戻す。

立ち上がれないほど眩暈が酷いけど、早く行かないと。

遅刻すれば儀式の時間が長くなる。

僕は自分の体に鞭を打ち、ティラン伯爵様のお屋敷へ向かった。




「うっ…ぁっ……」



儀式は遅刻しなかった結果、いつも通り15分で済んだ。

だけど、体調の良くない体では意識を保つことでさえも辛い。

ずっとこのまま倒れていたいけど、ミーティングに遅刻したら儀式が待っている。

立つことさえも苦しかったけど、手すりに掴まりつつミーティングが行われる厨房へ向かった。



「今日は、ソレイユ王国99代目国王様であるプランタン様と、そのご息女であり正統王位継承者であるエル様が、ご主人様の開催されるお茶会に参ります。
皆様、失敗しないよういつもより丁寧に掃除などすること」



王様に気に入られたいティラン伯爵様は、よく国王様をお茶会に招待する。

その実態はただ、お酒を飲みつつごまをするだけなんだろうけど。

僕は立っているのさえも精一杯で、聞き逃さないよう全神経を説明するメイド長に向けていた。




この国の国王様と王妃様と正統王位継承者様のことは知っている。

両親が賭け事で家を留守にした時、僕はいつも言葉を忘れぬようテレビを見入っていたから。

いつ帰ってきて「勝手に何をしている」と殴られるのを防ぐため、聴力を働かせながら見ていた。




その時やっていたのは、正統王位継承者であるエル・ソレイユ様の誕生祭。

中継でやっていたそれは、別世界に見えた。

高そうだけど可愛らしいドレスに身を包み、「ありがとう」とバルコニーから国民へ向けて手を振る王女様。

両隣には国王様と王妃様がいて、幸せそうな雰囲気がテレビ越しでも伝わってきた。



僕は中継を見ながら、いつの間にか泣いていた。

酷く、羨ましかったのだ。

僕も、あんな幸せになりたいと強く願い始めたのがあの時。

生きて、あんな風になれなくても、幸せになりたかった。



『……何をしているんだ、クズ』

『っ!お義父さん』

『来なさいシエル。テレビを観るなと言ったのに守れない子は許さない』





……すぐにエル・ソレイユ様の姿は見えなくなったけど、今でもあの時の中継を覚えている。

幸せそうに微笑む、キラキラと輝いている王女様。

僕が憧れ続けた王女様と、父親である国王様がやってくる。

顔は見ることは不可能だろうから、せめてミスを起こさないよう頑張ろう。



「…………ッ!!」



僕はトイレに駆け込んだ。

……無理かな、こんな体調じゃ。






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