心に届く歌







国王様と王女様が来るとミーティングで言っていたからか、お屋敷の中は酷くピリピリしていた。

僕もトイレ掃除をしていたが、いつもはひとりでやるのに今日は5人でやっていた。

僕以外の4人が完璧主義者だったため、

僕がふらふらの状態でも構わず綺麗にし、トイレはあっという間に綺麗になった。




他にも窓拭きや床拭きなど様々な仕事をこなした。

使用人の体調なんて、誰も気に留める人などいなかった。


そして数時間後。

国王様と王女様が見え、応接室に通したとメイド長から聞いた。

下っ端の僕は黙って厨房に他の人たちと一緒に立っていた。



あの日からソンジュさんは僕に嫌がらせをすることをやめた。

ただ、たまに酷く冷たい目をして睨み付けてくる。

……自分は助けない上嫌がらせをしてきたというのに、助けてを言うから突き放したら睨み付けるなんて。

むちゃくちゃすぎないか?




「……ごめんなさい…少しお手洗いに行ってきます」



聞いているか聞いていないか定かではないが、隣の執事に言い、僕はトイレへ行く。

行って早々、個室に駆け込みそのまま吐き出す。

食べていないのに吐き気だけは一人前にあるらしい。

どうやら僕も、少しは人間みたいだ。




「…………っ」




廊下を歩いていると、眩暈がして壁に寄り掛かる。

さっきから眩暈が強くなり熱が上がったように思える。

立っていられなくてしゃがみ込みたいけど、誰かに見つかったら何されるかわからない。

誰も通っていない静かな廊下で、儀式を思い出して僕は震えていた。

もう、いつも震えているような状態になっていた。




「……セレーネ」

「っ!」




目を閉じ眩暈に耐えていると、名前を呼ばれる。

急いで顔を上げると、立っていたのはメイド長。

手に湯気の立つ紅茶がはいったティーカップとお皿が乗ったお盆を持っている。



「暇よね」

「え?」

「あたくし、面倒だからあなたに頼むわ」

「……どういう意味ですか」

「これを持って、応接室に行きなさい。
そして紅茶を、国王と王女に渡してきなさい」

「ぼ、僕が……ですか」

「ええ。逆らったらクビよ」



クビ。

待っているのは両親の暴力。

僕は反射的に頷いて、お盆を受け取った。

思ったより、重たい。



「応接室の場所はわかるわよね、行きなさい」



メイド長は軽い足取りで廊下を歩いていく。

僕の手に乗ったお盆の上にあるティーカップが、カタカタと揺れる。

僕の手がカタカタ震えている証拠だ。



僕は強く目を瞑り、開けると歩き出す。

あの幸せな人たちの前に行くのは気が引けるし怖いけど。

クビになんて、なりたくなかった。





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