心に届く歌
「シエルから聞いたの。
ソンジュさんが、ティラン伯爵のお屋敷で陰湿な嫌がらせをシエルにしていたこと」
「嫌がらせ……?
あれが嫌がらせ?
あんなのが嫌がらせになるのかしら?」
「なるに決まっているでしょう。
シエルの仕事を増やしたり、嘘ついたり」
「だってそれがあの家のやり方よ。
アタシだってそうやられてきたのよ。
それがあの屋敷で働く使用人の伝統なのよ」
「最初にやられた時、あなたは嫌だと思わなかったの」
ソンジュさんは黙り込んだ。
わたしはやけに冷静に問いかけた。
「嫌だと思わなかったの?どうなのよ」
「……伝統なんだから、仕方ないでしょ」
「伝統だから守らなくてはいけない、ね。
確かに伝統を遺すのは大事なことよ。
だけど、その伝統が間違っていると気付けば、誰かが正すべきでしょう。
伝統だから必ずしも守る、は間違っているわ」
「でもっ」
「最初されて嫌だったんでしょう?
だからシエルに同じことしたんでしょう?
だったらわかるはずよね。
シエルがどんな気持ちだったか、同じことされたあなたなら」
「…………」
「……あの日、地下室に最初に呼び出したのは、誰」
守るって決めた。
二度と過ちは犯さない。
「……虫が良すぎるって、アイツは言ったのよ」
「え?」
「助けてくれなかったのに、助けてなんて言うアタシは、虫が良すぎるってアイツは言ったのよ。
その時のアイツの目は、死んでいたわ」
「…………」
「でも、アイツの言うことは、正しかったのかもしれないわね。
今になって思ったわ」
俯くソンジュさん。
すると、隣に黙って静かに座っていたベレイくんが、ソンジュさんの腕を取った。
「ぼくがいます。ソンジュさん」
「ベレイ……」
「あなたが全てを失ったとしても、ぼくがいます」
ソンジュさんを見つめるベレイくんの瞳は、真っ直ぐで。
ソンジュさんはベレイくんの手を握り、そっと額に手をつけた。